翌日、俊は東京へ戻っていた。
そろそろ自宅マンションの荷造りを進めなくてはならないからだ。
引越しは来週を予定していた。
その合間に、今進めている仕事の現場へ向かった。
俊が工事中のテナントへ入ると、
「「俊さん、お疲れ様ですっ!」」
作業をしていたスタッフ達が一斉に声をかけた。
「どう? 進んでる?」
すると責任者の樋口が慌てて俊の横へ来た。樋口は新進気鋭の店舗デザイナーだ。
俊は50代になってから、こうした若手クリエーター達を積極的に起用している。
才能溢れる若い人材をどんどん表舞台へ出し、彼らが活躍できる場を提供していた。
そうする事で彼らの経験値が上がり一流のクリエーターへと育っていくからだ。
この業界もこれから人手不足は否めないだろう。
いかに早く人材を育成していくかが今後の鍵になると俊は思っていた。
そこで樋口が言った。
「内装の件なのですが、壁は一面オフホワイトにしてオレンジ色の照明を照らす…というのはOKなのですが、それプラス所々に樹木を配置したらいかがでしょうか?」
「樹木?」
「あ、はい。樹木と言っても、細い幹の繊細な樹木です。それをフロアの中心と壁に沿った場所にいくつか配置するんです。そうすれば木の枝や葉がシルエットとなり壁に映し出されます。いわゆるボタニカルシルエット的な感じですかね。この店の売りはローストビーフですが他のメニューはハーブや新鮮野菜を意識したものが多いので、イメージ的にボタニカルを取り入れたらいいのかなと思って」
樋口はそう言うと、持っていたノートパソコンを開いてイメージ画を俊に見せた。
そこにはさらに洗練された美術館のようなイメージが広がっていた。
額縁に見立てた窓の外には、漆黒の闇に浮かび上がるオレンジ色の東京タワー。
そして照明を落とした店内の壁は淡いオレンジ色に染まっている。
そこへ、樹木の繊細なシルエットが影絵のように浮かび上がっていた。
それは、俊が最初にイメージしていた『美術館のようなレストラン』のコンセプトにぴたりと当てはまっていた。
「樋口君、凄くいいよ。これで行こう!」
俊が頷きながら言うと、樋口は嬉しそうな表情で、
「ありがとうございますっ! では早速園芸ショップを当たってみます」
と言ってその場を後にした。
次に俊は、照明デザイナーの矢口と打ち合わせをした。
矢口によると、照明器具の選定はほぼ終わりあとは現物が届くのを待つのみだという。
矢口は仕事が早いので安心して任せられる。
ホッと一息ついたところへ、加藤が入って来た。
「おうっ、俊、久しぶりだな。ちょっとコーヒーでも1杯どうだ?」
「ああ、俺もちょうどコーヒーが飲みたいところだったよ」
俊は現場のスタッフに向かって声をかける。
「ちょっと向かいのカフェに行って来るから」
「ういっす!」
「行ってらっしゃい!」
それぞれの持ち場から返事が返って来た。
二人は一階まで下りると、向かいのカフェに入った。
セルフ式の注文カウンターでコーヒーを買った二人は、窓際の席に向かい合って座る。
「ところでさぁ、この前参ったよ。ゆりあちゃんに急に呼び出されて泣きつかれちゃってさぁ…」
「そういやお前、俺の電話番号を勝手に教えただろう?」
「ああ、だって潤んだ瞳で頼まれちゃったらさすがに断れないよ」
「そういうのはマジでやめてくれないか。彼女、鎌倉まで来たんだぞ」
「そうらしいな。で、追い返されたって言ってまた泣きつかれちゃったよ」
「そんな事知るか! とにかく鎌倉ではいざこざは起こしたくないんだよ。だから、今後一切女には電話番号を教えるなよ!」
「冷たいなぁ。だって、現役のモデルだぞ! あんなに若くて美人なのに。適当につき合ってやりゃーいいじゃんか」
「俺はもうそういうのはやめたんだ」
「じゃあ、ゆりあちゃんが言っていた事は本当なのか? 隠し妻がいたって言ってたぞ。実際に会ったって。それもおばさんの…」
そこで俊は強い口調で言った。
「彼女はおばさんなんかじゃない」
「えっ? って事はマジで女がいるのか?」
「お前には関係ない……」
「マジかよー! 俺、いろんな女から言われてんだよなぁ。俊を合コンに連れて来いって。これじゃあ誘えねーじゃん」
「悪いが俺はもうそういうのとはおさらばだ」
「えーっ? それだと俺が困るんだよー」
「あのさ、お前もそろそろ59だよな? で、れっきとした既婚者だろう? もういい加減女遊びはやめろよ」
「おい、どうしたんだ急に?」
「いや、俺はお前の為に言ってんだよ。今まで好き放題遊んできて、還暦迎えた途端女房にポイッて捨てられても知らないぞ。女房以外の女と遊びたかったらちゃんと離婚してからにしろ! 離婚しないんだったら浮気なんかするな! 美味しいとこ取りばかりしていたらいつか罰が当たるぞ」
俊はコーヒーのカップを手にしたまま立ち上がると出口へ向かった。
後に残された加藤は、
「なんだ、あいつ…….」
とふてくされたように呟いたが、
コーヒーを一口飲んでから、今俊に言われた言葉を噛みしめるように頭の中で繰り返した。
コメント
4件
俊さんも散々遊んできてもういっかーと思ってたところに雪子さんと出会ったんだろうね。 だから加藤さんにもバッサリ言い切れるんだろうな✨ 加藤さん考えてたね🤭捨てられちゃうかも…だもんね😆
俊さん、カッコ良い~😍💕 加藤さ~ん、俊さんの言う通り ‼️😆👍️ 遊んで浮気ばかりしてると、そのうち奥さんに捨てられちゃいますよ~🤣
俊さんの仕事メンバーが精鋭でかっこいい😎✨ やっぱりセンスがものを言うんだねぇ〜‼️ それに比べて加藤は…勝手にボスの連絡先教えたらダメでしょ🙅 それに泣きつかれてって…俊さんの言う通り美味しいとこどりしてたら今に自分の身に降りかかって来るよ‼️