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第十四章 月が導く先
第三話 失われし名を求めて 後編
「……どちら様でしょう……?」
現れたのは、小柄な老婦人だった。
白い髪は丁寧にまとめられ、古く質素ながらも上品な衣服を纏っている。
ハヤトとジュウタロウは軽く頭を下げた。
「突然の訪問、申し訳ありません」
「俺達は旅の者でして……」
旅人にしてはあまりにも整いすぎた二人の姿に、老婦人は少し戸惑ったように瞬きをする。
「何か、御用でしょうか……?」
ハヤトは柔らかな口調で尋ねた。
「あの、失礼ですが……」
「こちらはミルハに古くからある貴族の家門でいらっしゃいますか?」
老婦人はゆっくり頷く。
「ええ……今はこんな状態ですが」
「ここは伝統ある“アルセリア家”の屋敷で、私はその子孫にあたります」
ジュウタロウが静かに口を開く。
「アルセリア家は、三百年前にもミルハに?」
「ええ……」
老婦人は寂しそうに微笑んだ。
「アルセリア家は、この街では最も古い貴族の一門なんです」
その視線が、荒れた庭へ向く。
「先々代の祖父が事業に失敗してから、このような有様になってしまいましたが……」
「かつては有力貴族として栄えていた時代もあったようです」
「……申し訳ありません。不躾なことをお聞きして」
ハヤトとジュウタロウが頭を下げる。
「い、いえ……!」
老婦人は慌てて首を振った。
「こんな寂れた家に、お客様なんて久しぶりだから……」
そして少し迷った後。
「あの……もし良かったら、少しお茶でも飲んで行きませんか?」
「話し相手もあまり居なくて……」
二人は顔を見合わせる。
そして。
「……では、少しだけお邪魔します」
そう答えると、老婦人の表情がぱっと明るくなった。
「さあ、どうぞ中へ」
屋敷の中は、外観から想像していたよりずっと綺麗に整えられていた。
質素な家具ばかりだが、どれも丁寧に磨かれている。
居間へ案内され、二人は古びたソファへ腰を下ろした。
やがて温かな紅茶が運ばれてくる。
古いながらも、美しい装飾が施されたカップだった。
老婦人は静かに語り始める。
「高級な家具や調度品は、ほとんど父が売ってしまって……」
寂しそうに部屋を見回す。
「今は使用人もいなくて、私ひとりなのよ」
しばらく静かな時間が流れた。
やがてハヤトが口を開く。
「実は俺達、探しているものがありまして」
「探しているもの?」
「古い本、なんですけど……」
老婦人は少し眉を下げた。
「本なら、父がほとんど売り払ってしまいました……」
そう言って空になった本棚へ目を向ける。
ジュウタロウが静かに尋ねた。
「では、子供の頃に何か変わった本を見たことは?」
「あるいは、大切に保管されていたものとか……」
「そうねぇ……」
老婦人はしばらく考え込む。
そして。
「あっ……」
何かを思い出したように顔を上げた。
「本ではないけれど……」
「昔からアルセリア家に伝わる箱があってね」
「箱?」
ハヤトが反応する。
「ええ」
「小さな木箱なの」
「ちょうど本が一冊入るくらいの大きさで……」
「蓋には月のような不思議な文様が刻まれているの」
ハヤトとジュウタロウの目が僅かに細くなる。
「その箱は、今どこに?」
「屋根裏にしまってあるはずよ」
老婦人は立ち上がった。
「父が家の物を整理した時も……なぜか、それだけは手放さなかったみたいで」
老婦人に案内され、二人は屋根裏部屋へ向かった。
埃を被った古い荷物の奥。
「あったわ!」
老婦人が探していたものを見つける。
古い布に包まれた、小さな箱。
ハヤトがそっと布を払う。
そこに現れたのは――
月の紋章。
「……!」
二人の間に静かな緊張が走る。
箱には小さな鍵穴がある。
鍵は掛かったままだった。
「昔から、何をしても開かなかったの」
老婦人が困ったように微笑む。
「鍵も、祖父の代で失くしてしまったみたいで……」
ハヤトは箱を手に取る。
古い。
それでも、不思議なほど大切に守られてきたことが伝わる。
「子供の頃、一度だけ無理やり開けようとしてね」
そう言って、懐かしそうに微笑んだ。
「祖母にひどく叱られたわ」
「それほど大切な物だったのですか?」
ジュウタロウが尋ねる。
老婦人は少し考えるように目を伏せた。
「詳しいことは、私も聞かされていないの」
「ただ……祖母はいつも言っていたわ」
「これは、いつか必要な人の元へ渡るためのものだって」
ハヤトとジュウタロウは静かに視線を交わす。
「ご婦人」
「もしよければ、この箱を少しお預かりしても?」
老婦人は優しく頷いた。
「ええ」
「きっとその箱も、待っていた人のところへ行きたいのだと思うわ」
二人は深く礼をした。
屋敷を離れた後。
ハヤトは手にした小箱を見つめる。
「……この中に、『レオルの手記』があるかもしれないな」
「ああ」
ジュウタロウも静かに頷く。
「三百年前の事件」
「月の一族、エレナ」
「そして、この箱」
「きっと全て繋がっている」
二人は大切に箱を持ち、宿屋への道を進んでいった。
◇
ガチャリ――
鍵を回し、宿屋の部屋の扉を開ける。
部屋にはまだ誰も戻っていなかった。
窓から差し込む午後の光が、静かな部屋の床へ伸びている。
「ふぅ……思ったより早く戻れたかな……」
シュンタは荷物を下ろすと、そのままベッドへ腰を落とした。
そして鞄の中から、先ほど骨董屋で見つけた石を取り出す。
布をそっと開く。
掌ほどの大きさの、丸くて白い石。
表面には細かな模様が刻まれている。
シュンタは手の中で転がしながら様々な角度から眺めた。
「なんやろなぁ……」
「まだ使えたりするんかなぁ……」
独り言のように呟く。
古いもの。
誰かが大切にしていたもの。
そういうものを見ると、どうしても気になってしまう。
商人としての癖なのか。
それともただの好奇心なのか。
自分でもよく分からなかった。
その時だった。
コンコン――
「俺やけどー」
聞き慣れた声。
「はーい」
シュンタが扉を開ける。
そこには、楽しそうに笑うダイチとジントが立っていた。
二人の手には紙袋。
「帰りながらそこの店で買ってきてん!」
ダイチが嬉しそうに袋を掲げる。
「ハヤト達も戻ってきたら、みんなで食べようと思って」
ジントの袋からは、焼き立てのパンの香りが漂っていた。
それを見たシュンタは、ふっと笑う。
「……なんかええなぁ、気ぃ抜けたわ」
「え?」
ジントが不思議そうに瞬きをする。
そして、シュンタの手元へ視線を向けた。
「それは……?」
「あぁ、これな」
シュンタは石を持ち上げる。
「さっき骨董屋で見つけたんやけど……」
二人へ簡単に説明する。
「へぇ……」
ダイチが興味深そうに覗き込む。
「ただの石やないんやな」
「…………」
その隣で、ジントは黙ったままシュンタの持つ石を見つめていた。
刻まれた模様。
不思議と目を引かれる。
知らないはずなのに。
どこか遠い記憶に触れているような感覚。
「なんだか……不思議な感じがする」
シュンタは首を傾げる。
「へぇ……」
「ジンちゃんがそう感じるなら、やっぱ何かあるんかもな」
その時。
コンコン――
「戻ったぞ」
今度はハヤトの声。
「はーい」
ダイチが扉を開ける。
部屋へ入ってきたハヤトは、すぐに漂う香りへ反応した。
「おっ、いい匂いするな」
その後ろで、荷物を置いたジュウタロウがシュンタの持つ石へ視線を向ける。
「シュンタ、それは何だ?」
「あぁ、ちょうど説明してたとこや」
シュンタが石を見せる。
「骨董屋で見つけたんよ。古い結界石らしいねん」
「表面の模様が綺麗やろ?」
「ハヤちゃん、何か分からへん?」
ハヤトは石を受け取る。
そして刻まれた模様をじっと見つめた。
「………」
しばらく考え込んだ後。
「あっ」
ハヤトが声を漏らす。
そして鞄から古い書物を取り出した。
ページを捲る。
「これだ」
全員が覗き込む。
そこには。
月の一族についての記述。
月の紋章。
そして、その周囲に描かれた細かな模様。
「これは……」
ジュウタロウが目を細める。
「月の一族の石、ということか」
ハヤトは頷いた。
「月の一族は、特別な結界能力を持っていたと言われている」
「恐らくこれは、その力で作られた結界石だろう」
シュンタは石を見る。
そして、ジントへ視線を向けた。
「じゃあこれ」
「ジンちゃんが持っとくべきやろなぁ」
「え……」
ジントが戸惑う。
「でも、シュンタが見つけたものだし……」
「ええねん」
シュンタは笑う。
そしてジントの手を取り、石をそっと握らせた。
その瞬間、ジントの手の中に淡い温もりが広がる。
まるで月明かりに触れているような感覚。
「じゃあ俺からのプレゼントってことで」
シュンタがいたずらっぽく笑う。
「まぁ、使えるもんかどうかは分からんけどな!」
「使えんかったらただの重い石やん!」
ダイチがすぐに突っ込む。
「まぁ、俺が持つよりはええやろ」
ジントは石を見つめる。
「……ありがとう、シュンタ」
その笑顔を見て、シュンタは満足そうに笑った。
その横で、ダイチは少しだけ複雑そうな顔をしていた。
「そうそう」
ハヤトが再び鞄へ手を伸ばす。
「月の一族といえば……」
取り出したのは、小さな木箱だった。
本が一冊入る程度の大きさ。
古く艶を帯びた木板。
長い年月を刻んだ金具。
それでも、丁寧に守られてきたことが分かる箱だった。
蓋の中央には、月の紋章。
「最後に訪問した貴族家門のご婦人から預かったんだ」
ジュウタロウが続ける。
「昔から、その家系に伝わっていたものらしい」
ジントは箱を見る。
その瞬間、胸の奥がわずかに震えた。
懐かしい。
温かい。
でも、その理由が分からない。
箱を見つめたまま固まっていると。
「……ジント?」
ダイチが不安そうに覗き込む。
「大丈夫?」
「うん……」
ジントは小さく笑った。
「嫌な感じじゃないから」
ハヤトは箱を机へ置く。
側面には、小さな鍵穴。
「試してみるか」
蓋を開けようとする。
しかしびくともしない。
「……見た目以上に頑丈だな」
「ちょっと見せて」
シュンタが箱を受け取る。
上に持ち上げ、軽く振る。
ーーゴトゴト。
中で何かが動く。
「……本、入っとるみたいな感じやな」
ハヤトが頷く。
「エレナの手記」
「そして、月の一族の娘がミルハの貴族家へ託したことを考えると……」
「これが、レオルの手記である可能性が高い」
「でも開ける方法がないとなぁ」
ダイチが呟いた。
その時。
シュンタの手が止まる。
「……あれ?」
何か思い出したように、懐を探る。
そして、小さな金属片を取り出した。
掌に乗っていたのは。
月の紋章が刻まれた小さな鍵。
「シュンタ……」
ハヤトが目を見開く。
「それって……」
「いや……」
シュンタは苦笑する。
「ラディスで見つけて……」
「なんか変わった鍵やなぁ思って持ってたんやけど……」
「完全に忘れとったわ」
ハヤトへ鍵を渡す。
「でもまさか、……なぁ?」
月の紋章。
箱の紋章。
同じもの。
静かに鍵穴へ差し込む。
カチーー
ぴたり。
合った。
誰も言葉を発せなかった。
長い年月を越えて、離れていたものが今、再び一つになろうとしていた。
コメント
5件
まさかシュンタがラディスで見つけたあの謎の鍵がここで繋がるとは😳 読んでて着い「うわぁ!」と声を出してしまいました! そうなるとシュンタが見つけてきた謎の結界石もきになってきますねぇ

あの鍵がここで!!! 凄い 読んでて鳥肌でした ついに謎解明ですね«٩(*´ ꒳ `*)۶»ワクワク
うわっ、めっちゃ良いタイミングで鍵が出てきた!まさかラディスで拾った鍵がここで繋がるとは……伏線の回収が気持ち良すぎるわ。シュンタがジントに結界石を譲るシーンも優しくてじーんときた。ダイチの複雑な表情も気になるし、300年前の謎がようやく動き出した感じがしてワクワクする🔥 次話、箱の中身が楽しみすぎる!
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