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「正直に言う。奏が好きだから……抱きたい」
「……!」
怜の言葉に、奏の黒い瞳が更に大きく見開かれた。
「奏は俺に抱かれる事に、抵抗感や恐怖心があるだろう。過去にあんな事があったから、尚更だと思う」
怜は、奏に覆い被さりながらも、彼女の黒髪を無骨な指先で優しく撫でた。
「でも、これだけは言っておく。奏を抱きたいと思うのは、決して俺の性欲だけを解消させるためではない。奏の事が好きだからこそ……奏の心も身体も……全て愛したい。それだけは覚えていてくれ」
真っ直ぐに視線を奏に向けて正直な気持ちを伝えてくれる怜に、奏の視界が揺れ動く。
「奏は……俺に触れられたり、抱きしめられたり…………キスするのは……本当は嫌か?」
奏は、ぎこちない様子で首を数回横に振る。
「嫌じゃない……です」
怜に頬や髪に触れられたり、抱きしめられていると、温かいものに包まれて安堵感のようなものを感じ、それがとても心地いい。
先ほどから太腿あたりに感じていた硬い感触が、より硬度を増したように感じ、奏はモゾモゾと微かに身じろぎさせた。
それに気付いた怜が、奏の身体をギュっと抱きしめ、奏の首筋に顔を埋める。
オスとしての欲望を捩じ曲げるように、情動を抑えた声音で奏に言う。
「俺も男だ。好きな女を抱きしめるだけで……こんなになってしまう」
言いながら、白磁の首筋に唇を落としていき、奏を見下ろした。
「でも、奏が嫌がる事だけはしない。逆に、奏の過去の話を聞いて、俺が奏を……誰よりも何よりも大切にしていかないといけないって思ったほどだ……」
奏の丸い瞳が尚も丸みを帯び、瞬きする事すら忘れ視界がぼやけ始めると、熱い雫が頬を伝っていた。
「嫌なら嫌と言ってくれて構わない。でも俺は…………奏の肌に触れたい」
真剣な面差しで奏に気持ちを伝える怜に、奏の鼓動が忙しなく動き続ける。
「互いの肌に触れる事に慣れて、奏が俺に抱かれたいと思った時に……俺は……奏を抱きたい。愛し合いたい」
奏は目を丸くしたまま、幾筋の涙の痕跡を伝わせている。
無骨な指先が、彼女の瞳から零れ続ける涙を、そっと拭う。
切なさを滲ませた怜の瞳は、奏を捉え続けたままだ。
「……奏の抱えていた心の傷を知った上に、数時間前に恋人同士になったばかりで、こんな事を言う俺は……どうかしてるよな。何だか焦ってる自分がカッコ悪いし、情けない……」
奏から顔を逸らしながら、苦笑を映し出す怜。
ふと奏は、親友、本橋奈美の家に遊びに行った時、夫の豪が言っていた言葉を思い出す。
——葉山は、とにかく好きな女性には一途
確か、奈美の夫と怜は、高校時代の友人だったはずだ。
(怜さんは俳優のようなイケメンで声優ばりのイケボだし、遊んでいそうに見えるんだけど……)
あの時、怜は過去にワンナイトやセフレも一切いなかった、と親友の夫は言っていた。
そして今夜。
かつての恋人だった男、中野に絡まれた時、怜は助けてくれた。
その後、改めて怜が奏に告白をした時の事、彼の冷んやりとした唇の感触は忘れられない。
怜の部屋へ初めて訪れ、ベッドに入ってから彼が奏の気持ちを尊重してくれる言葉を、口に出してくれている。
今まで怜と何度か会う機会があったが、奏に対しては彼なりに真摯な対応をしてくれていたし、だからこそ、怜と真っ直ぐに向き合うべきではないのだろうか。
もう、奏の中にあった失恋の痛手や気持ちを、はぐらかす必要はないのだから。
奏の全てを受け止めてくれる人が、目の前にいるのだから。
(怜さんなら……大丈夫なのかな……)
奏は、辿々しく腕を伸ばしながら、引き締まった怜の頬に触れた。