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🌙 Scene 28:送信ボタンの前で、彼は立ち止まる
「お久しぶりです。
作品、拝見しました。」
その二行が、
DMの入力欄に静かに並んでいる。
たった二行。
でも、
その二行を書くまでに、
彼は何度も迷って、
何度も胸が揺れた。
スマホを持つ手が、
少しだけ汗ばんでいる。
……送るのは簡単なのに」
簡単なのに、
簡単じゃない。
送ってしまえば、
もう後戻りはできない。
審査員としての立場も、
大人としての距離感も、
元先輩としての節度も、
全部越えてしまう。
でも──
送らなければ、
何も始まらない。
画面を見つめたまま、
深く息を吸った。
莉澄さんの絵が、
胸の奥でまだ揺れている。
ピンクの背景。
柔らかい線。
優しい表情。
その全部が、
彼の心を静かに押してくる。
「……こんな気持ちになるなんて、思わなかったよ」
職場で見ていたあなたは、
いつも一生懸命で、
少し不器用で、
でも優しかった。
その優しさが、
絵の中でさらに深くなって、
彼の胸に届いてしまった。
指が、
“送信” のボタンの上にそっと触れる。
押せば、
有莉澄さんに届く。
押さなければ、
この気持ちは胸の中に閉じ込められたまま。
目を閉じた。
迷いと、
願いと、
抑えきれない想いが、
静かにせめぎ合う。
そして──
「……ありがとう、描いてくれて」
誰に向けた言葉なのか、
自分でも分からない。
でもその言葉が、
指をそっと前へ押した。
送信の直前、そっと言葉を整えた**。**
“送信”
小さな音が、
静かな部屋に響いた。
その瞬間、
胸の奥で何かがほどけた。