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「……濛、狙いは?」

「エドヒガン」


私がそう言うと、「奇遇だな、俺も」と言ってレーストラックを見る柊。


「他は?」

「……ユリノテイオーとか」

「あれはもう先約いるだろ」


端の方にいるユリノテイオーを指さして柊は言った。

本当だ。近くに男の人がいる。


「誰あれ」

「今年入った漆瀬」


あの新人?と聞くと、柊はこくりと頷いた。

イケメンと白毛とか、映えるコンビだなとか思いながら、目の前のレースに目を向けた。


『さぁ選抜レースまもなくスタートです!』

「…あの二人って、どういう関係?」


不思議に思い、また聞いた。

あの究極の人見知りのユリノテイオーがあれほど懐いている。イケメンだから?それでも不自然だ。


「兄妹」

「そういうことね」


兄妹だとしても全然似てない。

身長差32cmは異常だし。


『コールドブラデッド、落ち着いた雰囲気です。ゲートイン完了』


このレースはぶっちゃけどうでもいい。

短距離レースだし、私達は次のレースのエドヒガン狙ってるわけだし。

ダービーに勝てる子が欲しいから。


『スタートしました!コールドブラデッド出遅れたか、少しバラバラっとしたスタートです』


スタート下手だし、あの子。


『注目株コールドブラデッド、逃げると思われましたが控えました。現在後方4番手でレースを進めています!』


………逃げると思われました…?

絶対負けるでしょ。あんなレースで勝てるの?


「狙ってんのか?」

「…逃げなのにゲート下手なのは致命的でしょ。論外」


そう言って手の資料に目を向けた。

本当にどうでも良かったのに。


『残り600を切りました!バ群が詰まってきた!…おおっとなんとここで──』


彼女の黒い瞳を見た。

黒曜石のような瞳を見た。


『黄金の髪を靡かせコールドが来た!コールドブラデッド先頭!』


彼女の走りに見惚れてしまった。

……凄く綺麗と、思ったんだ。


「…!あの子は…?」

「今言ってただろ。コールドブラデッド」


柊に聞いた。

コールドブラデッド……冷血?確かにそんな顔してるけど…。

そんなことはどうでもいい。

私はあの子の元に走っていった。


『コールドブラデッド僅かに先頭ゴールイン!!』


ゴールした後。あの子は息を切らしていない。


「…待てよ濛!俺らの本命は次のレースのエドヒガ──」

「──うるさい!エドヒガンは柊に譲るから黙って!!」


あの子は想定外だ。

私のチームはまだ誰もいないから。

あの子──コールドブラデッドに最初に入って欲しい。


「ねぇ、貴女!」

「……?」


あの子はこっちを見た。

あぁ、やっぱり綺麗。




「私に担当させて!」




「ユリノテイオー、皐月賞に続き無敗のまま二冠達成……こうなりゃ意地でも奪えばよかったな。なぁ濛?」

「…柊のお気に入りは6着だっけ」

「黙れ」

「あんなに声張り上げて熱心にトレーニングしてたのにね」

「ぶっ殺すぞ」


食堂でのランチタイム。

今日も何故か柊と食べる昼ごはん。

どうでもいい話題に花を咲かせながら、昼ごはんを食べる私と少ない昼ごはんをあっという間に食べ切り、スマホをいじる柊。


「じゃあ次走は菊花賞?」

「いや、神戸新聞杯」


今年のレースカレンダーを確認する。

神戸新聞杯、来週だ。来週9月15日。


「というか毎日王冠だろ俺らは。濛んとこからはコールド、俺んとこからはエドヒガン」

「わかってる」

「その後は天皇賞秋。自信の程は?」


もちろんある…と言いたかった。

だけどコールが選抜レースで短距離を走ってたのも、今まで2000メートルまでしか走らせなかったのも、全部、全部。


「ない」


全部昔からの虚弱体質ゆえだから。

皐月賞、NHKマイルCの中1週のローテの疲れが未だに取れていない。


「そんなんで大丈夫かよ」


大丈夫じゃない。

全然、大丈夫じゃないの。


「食い終わったし、俺先行くわ。それじゃな」


……柊の背中を見つめるだけだった。




『昨日の神戸新聞杯、制したのは無敗のままクラシック二冠を達成したユリノテイオーです』


前日アイロン掛けしておいたワイシャツとスーツを着て、髪をヘアブラシでとかしながら出勤の準備をする。

約半年ぶりの出勤。スピカの皆さんにも、ユリノにも迷惑かけたし、後でちゃんとお礼しなきゃとお菓子をなるべく多く持って。


『菊花賞はユリノテイオーにとって初めての経験となる3000メートルのレースですが、ここを勝って史上二人目の無敗の三冠達成を期待したいですね』


胸にトレーナーバッチを付け、リュックに参考書を3冊ほど詰め、もう一方のバックに大量のお菓子を詰めた。


『そして、ジュニアの最注目株はやはりスクーデリアロ───』

「…よし」


テレビを消し、電車の時刻表を確認した。

ええっと八王子から府中……電車の出発時刻は…7時37分。今の時間は……


「7時30分!!?」


急げ急げとリュックを背負って大量のお菓子が入ったバックを肩にかけた。

ドアを開け家を後にした。

昔、ずっとユリノと過ごしてた家を。




「ふわぁっ」

「寝不足?」


僕はうんと頷いた。

エドヒガンと少し仲良くなった。近くの席だったから。


「なんで寝れなかったの?」

「今日久しぶりに兄さんが仕事復帰するから」


エドヒガンはへーとだけ言った。

僕は昨日のメールの内容を確認した。

『明日から復帰できるから。神戸新聞杯、優勝おめでとう』って。


「そういえば、後輩のスクーデリアローマの噂聞いた?」

「スクーデリ……何?」


そう聞き返した。聞いたことない名前だ。

後輩のことなんか気にしないし。

気にしてる暇あったらトレーニングしたい。


「え?知らないの?」

「うん…」


エドヒガンは意外そうな顔をした。

そんなに有名?全く知らなかったけど。


「ユリノのチームに、トウカイテイオーっていない?」

「いる」


テイオーがどうしたの?なんにも関係なくない?

なんか関係あるとしたら、昨日の──


「そのトウカイテイオーを大差で差し切ったってのがスクーデリアローマ」

「……は?」


例え話にしても限度がある。

無敗の二冠ウマ娘のトウカイテイオーを差し切った?しかも大差で?

有り得ない話だ。


「ねぇ嘘つかないで。逆でしょ?」

「私も最初は疑ったよ。でも本当らしいね」


エドヒガンは次の授業の準備をしながら言った。


「私たちの世代最強は間違いなくユリノ。でも今のユリノの実力はトウカイテイオーと同等かそれ以下」

「……それって…」



「──鷹揚自若。私の座右の銘」




コンコンと部室をノックしドアを開ける。

ドアの上には『スピカ』の文字。


「失礼します」

「おっ、漆瀬トレーナー」


奥にはスピカのトレーナー。


「今日で仕事復帰。おめでとうございます」

「ありがとうございます。あと、これ。ユリノのこと面倒見てくださったお礼です」


机にドンと大量のお菓子の入ったバックを置いた。

トレーナーの顔は引きつっていた。




「……フーッ……」


一歩一歩踏みしめる。

府中の芝を一歩ずつ確実に。


『さぁスタンド前を走っているのは2番人気コールドブラデッド!春の雪辱をシニア混合の天皇賞秋で晴らそうと、変幻自在の脚で府中の高速バ場を踏みしめています!』


今日は天皇賞秋。


『今日は差すのか逃げるのか!?この娘も大注目の一人です!』


毎日王冠はエドヒガンとの激しい競り合いを制し1着。今回はあの日と作戦は同じ。でも少し小細工してある。


『さぁ続いて登場したのはエドヒガン!』


歓声が上がった。エドヒガンは1番人気。

ゴール前のウマ娘達は歓声に驚いたようだがアタシは気にしない。気にする暇もない。


『毎日王冠では惜しくも負けてしまいましたが、実力は確実。ダービーで逃した栄光をここ天皇賞で掴もうと、スタート位置まで走り出しました!』


アタシは決めたんだから。

拳を握りしめる。強く強く、血が滲むほど。


『全員がゲート前に出揃いました!』


あの子はきっとアタシをマークしてくる。

でも簡単に抜かせない。

アタシは今日も逃げ。


『今、スターターが旗を振りました!GI、天皇賞秋のファンファーレです!』


府中のファンファーレが響いた。

もう、負けないという決意と共に。


6枠12番。アタシの枠番。




『第2コーナー通過して、コールドブラデッド!早くも大逃げであります!』


コールドブラデッド。掛かってるのか知らないけど、いくらなんでもめちゃくちゃに逃げすぎてる。

中団の先頭。私の位置。

あの子のことマークするつもりだったけど、こんな無茶苦茶な逃げついて行くだけ無駄。ハイペースに飲まれて共倒れ。


『中団先頭、2番手はエドヒガン!3番手にはダイヤモンドダスト、ジュヒョウと続きまして───』


あの子、もうちょっと頭いいと思ってたんだけどな。

向こう正面。

ペースは変わらない。あの子がバテて沈むまで放置。そしたら自然と、私が先頭になる。


『コールドブラデッド!2番手との差は10バ身!ここから届くのか!どうなのか!?1番人気エドヒガン!!』


届く。絶対。あの子が下がってきてくれるか────


『1000メートル通過はなんと60秒3!ハイペースかと思われましたが、以外にも緩いペース!!』


────ら………?


「?!!」


……ハイに見せかけたスロー…?

じゃあ、この差はずっと均等に保たれていて、


私達はずっと



あの子の掌の上で





踊らされていた……?




『コール!』


初めてアンタは、アタシの友達になってくれた。

初めてアンタは、アタシの名前を嬉しそうに呼んでくてた。


『ねぇコール、近くに新しいカフェができたんだって』


笑わないくせに嬉しそうな顔で、ずっとアタシを待っててくれた。

アタシはアンタに近づきたかった。


『──コールが、僕にふさわしいライバルに……親友になれるようなレースをしてきて。お願い』


アンタがそうやって励ましてくれた前前走。


『コールのばか!!』


アンタがそうやって怒ってくれたダービーの日。


その全部が、今日、



アタシを奮い立たせる。




『大欅を過ぎた!コールドブラデッド大逃げ!』


でも余力はたっぷりある。

アタシの脚に、たっぷり。


『エドヒガン!ダイヤモンドダスト!追ってきている!届くのか!?届くのか!?


───4コーナー回った!!!』


手を強く握りしめる。強く。強く。

血が滲むほどに。


「ハァ……ハァ………」




───アタシは、願うことしか出来なかった。



小さい頃には、この地獄のような場所から抜け出したい。着せ替え人形のように扱ってくる親から離れたい。


小学生の頃には、画面の向こうのウマ娘みたいに思いっきり走ってみたい。


トレセンに入った頃には、GIを勝ちたい。三冠を取りたい。



……でも、初めてトレーナーがついてから。


ルネと初めて一緒の部屋で過ごしてから。


初めてレースに出た時から。


アンタに初めて敗けてから。



────ユリノの親友になると誓ってから!!


ピキッ。


母親の着せ替え人形のアタシじゃない。


ビキィッ!


もう願うだけのアタシじゃない。



「アタシは……」


勝つ為だったらなんだってしてやる。

いつかの願いを叶えるためならなんだってしてきた。


だから、だから、だから!!


────パリィィン!!!



硝子が割れる音がした。

2回瞬きをした。


全てが遅い。

全てが白い。

全てが無音。


聞こえない聞こえない聞こえない。

脚の音も歓声も。

聞こえない聞こえない聞こえない。

荒い息も実況も。



ここは、どこ。


アタシは、花を探しに…。




『コールドブラデッド!!コールドブラデッド!!先頭はコールドブラデッド!エドヒガン伸びてくる!エドヒガン!エドヒガン!だがコールドブラデッド!!


────コールドブラデッドォォ!!!



「あああぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!!!!」


口からこぼれた咆哮に押される。

脚が進む。腕を振る。

実況は五月蝿い歓声で聞こえない。


ゴール板は、もう後ろにあった。




「あ…あぁ………」


電光掲示板には、12…………。


「…勝った………」


アタシの目から涙が零れた。

大粒の涙に、含まれた紅は。


小さくて大きな、ユリノの背中。

白の花の花言葉 【ノベル】

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コメント

4

ユーザー

出すの遅れました すんません

ユーザー

まさかのローマの噂が?!出してくれてありがとう!!!!しかもテイオーを大差で差し切る出来事も書いてあって超嬉しい!!!!

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