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「――今日はお疲れさま、アリス」
夜。私とアリスの、ふたりの寝室。
隣のベッドで眠そうにしているアリスに、私はそう声をかけた。
アリスは水色のふわりとしたネグリジェを身にまとい、枕に頭を預けながら、
「加奈こそ、お仕事お疲れさまでした。ごめんなさい、今日はお迎えに行けなくて」
「いいよ、仕方ないもの。それに、いつもいつも会社まで迎えに来てくれなくていいんだよ?」
「でも、私がそうしたいだけだから……」
「――うん。ありがとう」
言って私はアリスの頭をそっと撫でた。
それから小さくため息を吐いてから、
「それにしても良かったね、勇気くんとお父さん、仲直りできたんでしょ?」
「うん。でも、私ももう少し、ちゃんと勇気くんから話を聞いておくべきだったなって」
「え? なんで?」
「だって、私が最初からちゃんと勇気くんから話を聞いてれば、あんなことにはならなかったかもしれないじゃない? 勇気くんがちゃんとお父さんに正直に謝ってから、そのあとであのプラモデルを直せばよかったなって」
「でもそれ、結果論じゃない? どうして壊れたのか、そもそも誰の玩具だったのかなんて、あの時点では判らなかったわけなんだから。だって、小学生の男の子でしょ? その子がプラモデルを持ってきて直してくれって言ったら、普通はその子の持ち物かなって思っちゃうじゃない」
「……そうかもしれないけど」
「気にし過ぎなんだよ、アリスは」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
ううん、とアリスはそれでも納得しかねるように、唸りながら羽毛布団を身体にかけた。
私はそんなアリスにちょっと笑みを浮かべてから、
「ま、そこがアリスらしいって言えば、アリスらしいところなんだけれど」
それから部屋の電気を消して(正確には真っ暗にはしない。オレンジの常夜灯を点けっぱなしにしている)、私も同じく布団をかぶる。
アリスは昔からそうだった。心が優しいというか、何かというと責任を感じてしまうというか、ちょっとしたことでも気にしてしまう性格だ。ひとりで悩んでいることも多くて、こちらから聞かない限り、教えてくれなかったりする。もちろん、それだって私のことを信用していないからじゃない。迷惑をかけたくない、そんな思いから敢えて口にしないのだ。
私はそんなアリスに、
「――おやすみ、アリス」
と声をかける。
アリスも私に身体を向けると、
「――おやすみ、加奈」
そうして私たちは、お互いに手を繋いで瞼を閉じた。
私たちは、十年以上も一つ屋根の下で暮らしている。
お互いそれなりにいい歳だけれど、不思議なことに、アリスの見た目は二十代の頃からほとんど何も変わってはいなかった。
どうかすると、十代の少女に見間違われることもあるくらいだ。
羨ましい、と思いながらも、実のところ、私も三十代の頃からあまり見た目が変わらなくなった。
丁度アリスと一緒に暮らし始めた頃だ。
何か魔法的な力が影響しているんじゃないか、という話だけれど、実際のところはよく解らない。
言わば、アリスと暮らし始めたことによって、期せずしてビマジョとやらになってしまったというわけで。
自分の実年齢が一体いくつなのか、正直なところ覚えていない。
覚えないようにした。覚える気もなかった。覚えたくもなかった。
私は早くもすうすうと寝息を立て始めたアリスの、その可愛らしい寝顔を見つめながら、
「……まぁ、いつまでも一緒に居られれば、それでいいし」
自分で言って何だか恥ずかしくなって、私はアリスの手を離すと、頭まで布団を被ったのだった。
ひとりめ・了