トゥルルルルルルル~
とある事務所内に電話の音が響き渡った。
すると三十歳くらいの男性がその電話を受けた。
「はい、佐伯岳大事務所です。あ、はい、いつもお世話になっております。はい、
あ、今ちょうど戻っておりますので少々お待ちください」
「佐伯さん、山岳出版編集部の前田さんからです」
「ありがとう」
隣室にいた佐伯岳大はそう言うと、すぐに受話器を取った。
「あ~前田さんどうもー、あ、はい、昨日戻ったばかりで。
いや、今回は谷川岳です。はい、はい、ええ、結構やばかったですね。天候もイマイチで……。
そうですねー。あ、はい、来月からは空けてありますから大丈夫ですよ。
はい、はい、じゃあまた詳細は打ち合わせの時に。はい、ありがとうございます。では」
電話が終わると、最初に電話を取った男性が声を掛けた。
「立山は予定通りですか?」
「うん。来月から予定通りだそうだ。井上君アシストよろしくね」
「承知しました。宿の予約はどうしましょう?」
「ああ、前田さんがいつもの所をとっておいてくれたみたいだから大丈夫だよ」
岳大はそう言うと、仕事の続きに戻った。
この事務所は代々木上原のマンションの中にある。
佐伯岳大はプロの山岳写真家として第一線で活躍していた。
山を被写体にしたポスターや雑誌、写真集やカレンダーなど、彼の写真はどこでも簡単に目にする事が出来る。
岳大は元々登山を本業としていたが、いつしかメインは写真撮影へと変わっていた。
本格的な登山から山岳写真の道に入ったフォトグラファーなので、山の特徴や地形に精通している為、
山岳ガイドもできるほど山に詳しく、山に関する業界からの信頼はとても厚い。
先ほどの電話も、山の専門雑誌からの撮影依頼の電話だった。
来月、立山まで長期撮影に行く事が正式に決まった。
そして先ほど電話を受けていたのは、岳大のアシスタント兼秘書の井上孝之だ。
井上は、山岳写真家として成功している岳大のもとへ、直接弟子にして下さいと頼みに来た若者だ。
ちょうどその時多忙を極めていた岳大は、気概に溢れる井上をすぐにその場で雇った。
それから五年の月日が経ち、今では井上は岳大のりっぱな右腕となり岳大の雑務をこなすと共に、
岳大からの推薦で、時々雑誌に写真を載せてもらえるまでになっていた。
佐伯岳大事務所は、この二人で運営されている。
岳大は一年のほとんどを山にこもり撮影に明け暮れる日々が続いているが、
時折こうして東京の事務所に戻り、写真の画像編集や東京でしかできない仕事をこなしていた。
その仕事の内容は、撮影の打ち合わせや写真展の審査員、
時にはアーティストのジャケットデザインプロデュースやアウトドア用品の商品開発、
雑誌の取材、そして先日は友人からの頼みでフリースクールでの一日講師をするなど、その種類は多岐にわたる。
写真家として第一線で活躍する岳大には、撮影以外の仕事も舞い込んでくる。
岳大は昨日谷川岳の撮影から戻ったばかりで、今日は久しぶりに事務所にいた。
画像編集のパソコン作業の手を止めた岳大は、ふと窓の外を見た。
するとそこには、街路樹の隙間から、梅雨明けの真っ青な青空が広がっているのが見えた。
「立山は二年ぶりか……」
岳大はそう思いながら青い空をじっと見つめた。
立山に行くと決まると、なぜか心が高ぶるような感覚を覚えた。
それがなぜなのかは、その時の岳大には、全く分からなかった。
コメント
4件
運命の出逢いが立山で☝️
わわわっ(*´艸`*)✨素敵な出会いの前触れ🍀🍀🍀私の心も高ぶってまぁす🤭🩷🩷🩷
自然と共にいるから余計に感じやすいのかな。きっと遭遇した時にビビッと┄┅━=====✨