テラーノベル
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その頃優羽と流星が乗った兄・裕樹の車は、母が営む洋品店へと到着した。
ここは信濃大町駅から十五分ほど歩いた所にある。
一階は国道に面した部分が店舗で、一階の奥と二階が居住スペースになっている。
車を裏の駐車場へ停めると、三人は母が待つ実家へと向かった。
店のドアを開けるとピンポーンというチャイムの音が鳴る。
すると母親が、
「いらっしゃいませー」
と愛想の良い声を張り上げて奥から出て来た。
そして三人の姿を見ると、
「あら、あんたたちだったの」
と、急にそっけない顔になった。
そして優羽と流星の姿をじっと見つめると、
「優羽、あなた少し老けたんじゃない? 苦労は人を老け込ませるっていうからねぇ」
そう言いながら流星の方を見る。
「もうこんなに大きくなったんだ。時の経つのは早いわねぇ。
ぼーっとしてたら、人生なんてあっという間に終わっちまうわ…」
母の恵子はそう言うと、くるりと踵を返して奥の部屋へ消えて行った。
そんな母に驚く様子もなく、優羽は奥の部屋にいる恵子に向かって言った。
「お母さん、少しの間お世話になります。なるべく早く仕事を見つけてアパートを借りるので、
それまでの間しばらくここに置いて下さい。よろしくお願いします」
優羽の言葉を聞いた兄の裕樹は、
「ばかだなぁ、ここはお前の実家なんだから遠慮なんてする必要はないよ。さ、中に入って。
流星も、ほら、ここがおばあちゃんの家だよ!」
裕樹はそう言うと流星を抱え上げて上り口に座らせ、靴を脱がせて中へ入らせた。
流星は母親の緊張を感じ取ったのだろう。大人しくしている。
そんな流星を心配そうに見ながら裕樹が再び言った。
「気にすんな。母さんはいつもああなんだから」
裕樹は優羽の背中をポンポンと叩くと、優羽にも入るよう促した。
優羽は兄の一言で気を取り直し、二人の後に続いた。
母の恵子はキッチンでお茶の用意をしていた。
部屋に入った流星は、そんな祖母をじっと見つめている。
優羽の母の恵子は現在五十九歳。
恵子は二十二歳の時、東京から転勤で来ていた優羽の父親と知り合い裕樹を身ごもって結婚した。
その後しばらくは順調な結婚生活が続いていたが、優羽が生まれる少し前に両親は離婚した。
離婚した後に、恵子は優羽の妊娠に気付いた。
その後恵子は実家の洋品店へ戻り、そこで優羽を出産した。
それからは、洋品店を経営しながらシングルマザーとして二人の子育てと、親の介護に明け暮れた。
今は祖父母も他界し、現在は兄の裕樹と二人暮らしだ。
母親が苦労を見て育ったはずなのに、娘も同じような道を選んだ事に対し母の恵子は怒っていた。
未婚のまま流星を産むと優羽が告げた時、恵子は猛反対した。
もともと森村家の親子関係は、他の家庭のように親子仲睦まじい関係ではなかった。
しかし優羽が流星を産んで以降、母娘の溝はさらに深まってしまった。
そして娘は恵子の予想通り、既に生活に行き詰まっている。
そして逃げるように東京から故郷へ戻って来た。
恵子はそんな娘の事を「それみたことか」と半ば呆れている。
そんな恵子のあからさまな態度に、優羽は次第に憂鬱になるのを感じた。
恵子はお茶を入れたので、優羽と裕樹は席に着いた。
流星は兄の裕樹にすっかり懐き、裕樹の膝の上にちょこんと座っている。
家族揃ってこうしてテーブルを囲むのは何年ぶりだろう?
そんな事をぼんやりと考えながら、優羽は母の入れてくれたお茶を一口飲んだ。
すると裕樹が言った。
「仕事探しは、やっぱり職安か? 最近出来た大型スーパーの掲示板にも、求人が貼ってあるのを見たぞ。
ああいう所も覗いてみたらいいよ。この辺は観光業なんかの仕事も結構あるから、焦らずじっくり探せばいいさ」
兄のアドバイスに優羽は頷く。
「それよりも先に保育園の申し込みをしないと。お兄ちゃん、市役所勤務だから詳しいでしょう?
今って保育園空きがあるのかな?」
「そう言われると思って調べておいたよ。街中の保育園はいっぱいみたいだけれど、山の方の保育園は空いているみたいだ。
まあ辺鄙な所だから敬遠されるのは当たり前なんだけれどね。もし車が必要なら俺の車をいつでも使っていいから」
裕樹はそう言って流星にストローで麦茶を飲ませる、
「お兄ちゃん、ありがとう」
そんな兄弟の会話を聞いていた恵子は、
「あたしは店もあるし商店街なんかの会合もあるから、子守りはあてにしないでちょうだいね」
そう突っぱねるように言った。
それを聞いた兄の裕樹は恵子に対して強く言った。
「母さん、いくら気に入らない事があるからってその言い方はないだろう。
少なくとも流星の前ではそういう態度はやめてくれないか」
裕樹に叱られた恵子は、ふんっと顔を背ける。
その時ちょうど店のチャイムが鳴ったので、
「はーい、今行きまーす!」
恵子は声を張り上げて、いそいそと店へ向かった。
そんな母親を見ながら、裕樹はやれやれという顔をした。
「何度も言うが、気にすることないぞ。あの人のあの性格は昔からなんだから」
裕樹はそう言って妹を慰める。
「わかってる。自分がこうなってみて、お母さんがどれだけ苦労して私達を育ててきたのかわかったから」
「そうだな。母さんも母さんなりに大変だったんだと思う。それにあの人は不器用だから、
なかなか素直になれないんだよな」
と言って笑った。
すると流星が、裕樹の膝の上から降りようともぞもぞと動き出した。
それに気づいた裕樹は流星に言った。
「よーし、流星! 今日からここが流星のおうちだよ。家の中を探検してみるかい?」
「うんっ!」
流星は笑顔で返事をすると、裕樹と手を繋いで嬉しそうに二階へ上がって行った。
コメント
4件
お母さんも1人で子供2人育てて来たからその苦労解っているから敢えてつれなくしてるのかな?お兄ちゃんが居てくれて良かったわ。
お母さんほんとは手を差し伸べてあげたい、抱きしめてあげたいんじゃないのかな。 じゃなきゃ家に上がらせないと思うんだ…
ほんまお兄ちゃんの優しさに救われるね🥹🍀🍀🍀お母さん🥺孫に罪はない🥺優しくしてあげてー😱💦💦💦