テラーノベル
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「そうだ! 二人ともせっかく楽器持ってるんだから、写真撮ってあげる。海をバックに撮ろうよ」
「奈美、それだと逆光にならないか?」
豪がテンション高めの奈美にやんわりと言うが、彼女は、あっけらかんとして夫に答える。
「もし逆光になっても、後で画像編集アプリで修正すれば大丈夫じゃない?」
奈美に促され、海を背景にして怜と奏が並ぶ。
「じゃあ二枚撮りますよ。奏。表情が怖いよ? 笑顔ね、笑顔! はい、チーズ」
隣に並んでいる怜の距離感をすぐそばで感じ、彼女の心は焦燥感に包まれる。
(葉山さん、随分近いのは気のせい?)
そんな事を考えながら、奏は半ば強引に笑顔を作ってみせるが、きっと引き攣っているだろう。
シャッターが切られ、小気味良い音が砂浜に響く。
「もう一枚撮りますよ。奏。笑顔を忘れずにね。はい、チーズ」
シャッターが切られる直前、怜の無骨な手が奏の肩に添えられ、突然の事に彼女は身体をビクッと震わせた。
再度シャッター音が軽快に響き、怜と奏の撮影会が終了した。
「二枚ともいい感じに撮れてるから、写真は奏に送るね。葉山さん、今撮った写真が欲しかったら、奏からもらって下さいね」
「わかりました。奥さん、ありがとうございます。お二人の写真も撮りましょうか」
「ありがとうございます。豪さん、こっちに来て!」
奈美がニコニコしながら手招きし、豪を呼び寄せた後、怜にスマホを手渡した。
本橋夫妻が海をバックに並び、豪が奈美の肩を抱き寄せ、ファインダーにおさまった。
「もう一枚撮りますよ。豪、顔がデレデレだな」
茶化すように怜が豪へ声をかける。
「うるせぇな。怜、早く撮れよ」
笑顔を見せながらも文句を言う豪を尻目に、スマホを構え、再び親友夫妻のツーショット写真を撮る怜。
そんな様子を、怜から少し後方に離れた場所で眺めている奏。
(ホントに奈美と旦那さん、仲がいいというか、ラブラブというか、バカップルっぽいというか……)
呆れながらも、穏やかな笑みを湛える奏は、いつしか心の強張りが和らいでいる事に気付いた。
こんな平穏な気持ちになるのは、いつ以来だったか。
あまり記憶に無いが、もしかしたら、本橋夫妻の結婚式後、怜と初めて話して以来かもしれない。
思い返せば朝、怜の前で顔をクシャクシャに歪めさせて舌を出したり、『ああもう何かムカつく!!』と感情を表に出したり。
それ以前にも、怜と遭遇した時、無意識に『げっ……』と零していたのを、奏は思い出した。
(葉山さんの前だったら……自分を曝け出しても…………いいのかな……)
奈美にスマホを返した怜の上背と、スレンダーな体型の割には広い背中を眺めながら、ぼんやりと考える奏。
「奏さん。何ボーっとしてるんだ? あのバカップル夫婦の写真、撮り終わったぞ?」
急に振り返ってきた怜に、奏はドキっとしてしまう。
当の夫婦は、再び海を眺めながら肩を寄せ合い、時折、豪が奈美の髪をそっと撫でている。
「ああそうだ。豪の奥さんが撮ってくれた二枚の画像、今送ってもらってもいいか?」
「え、今ですか?」
「当然だろ?」
ニヤケながら写真を催促してくる怜。
「わかりましたよ。送ればいいんでしょ、送れば……」
奏はボソボソと文句を言いながら、メッセージアプリを立ち上げた。
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