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第十五章 二つの目覚め
第七話 月下の境界
「今日はこの辺りで野営するか」
ハヤトが声を掛け、馬の速度を緩めた。
道から少し外れた場所。
木々に囲まれているにも関わらず、
そこだけぽっかりと空が開けていた。
頭上には大きな月。
満ちかけた白銀の光が、森を青白く照らしている。
「……なんか不気味やなぁ」
シュンタが空を見上げながら呟く。
確かに、静かすぎた。
虫の声すら少ない。
風だけがざわざわと木々を揺らしている。
5人は無言で野営の準備を始めた。
ハヤトが周囲へ結界石を配置していく。
淡い金色の光が円状に広がった。
湿った枝ばかりで焚き火は難しい。
昼と同じく魔石灯を中央へ置き、その周囲へ腰を下ろす。
シュンタの魔道具で食料を温め、簡単な食事を取る。
けれど、誰もあまり言葉を発しなかった。
連日に渡る魔物との戦闘。
日中は天候が悪い中での移動。
全員の顔には隠しきれない疲労が滲んでいた。
月が高く昇るにつれ、辺りの空気が変わっていく。
冷たい。
重い。
じわじわと、瘴気が森を満たしていくのが分かる。
月光を受け、木々の影が濃く伸びていた。
まるで、闇そのものが形を持ち始めているようだった。
ーーヒュゥゥ……
冷たい風が吹き抜ける。
木々がざわめく。
靡く髪、ブワリとはためく外套。
全員、自然と武器へ手を掛けていた。
張り詰めた空気。
沈黙。
その時。
ジントがハッと顔を上げた。
「——来る……!」
同時に、北側の結界が激しく震え始める。
ビリビリビリッ!!
結界の外。
暗闇の奥で、無数の赤い目が浮かび上がった。
低い唸り声。
枝を踏み砕く音。
何かがこちらへ向かって走って来る。
次の瞬間。
——バキィン!!
結界石が砕け散った。
黒い影が一気に結界内へ雪崩れ込む。
獣型。
鳥型。
人型。
瘴気を纏った異形達が、牙を剥きながら襲い掛かってきた。
「来たぞ!!」
ハヤトが大剣を抜き放つ。
黄金の光が夜を裂いた。
「ジュウタロウ左!
シュンタ援護!!
ダイチ前へ出ろ!!」
「了解!」
「おうっ!!」
ダイチが地面を蹴る。
バチィッ!!
青白い雷が拳へ迸った。
さらに拳と脚へ水属性の魔力が纏わりつく。
雷と水。
二つの属性が彼の体術をさらに加速させる。
先頭の獣型魔物が、唸りながら飛び掛かってきた。
ダイチは真正面から突っ込む。
「っらぁぁ!!」
雷を纏った拳が魔物の顔面へ炸裂した。
木々を震わせる轟音。
衝撃と共に雷撃が弾け、巨体が吹き飛ぶ。
だが右側から別の魔物が爪を振り下ろす。
ダイチは低く身を沈め、紙一重で回避。
そして次の瞬間、水属性を纏わせた回し蹴りが魔物の胴を薙ぎ払った。
「どけぇっ!!」
重たい衝撃。
吹き飛ばされた魔物が地面を転がる。
その後方ではシュンタのリュートが高らかに鳴り響いていた。
精神を抉るような不安定な旋律。
鋭い音色が森全体へ広がる。
魔物達の動きが鈍った。
突然方向感覚を失ったように、互いへ牙を剥く者まで現れる。
「いくで!!」
シュンタが勢いよく弦を掻き鳴らした。
紅い情熱をそのまま音にしたような、熱く激しい旋律。
ボォォッ!!
炎が渦となって駆け抜け、鳥型魔獣達を焼き払う。
ギャアアアアッ!!
魔物たちの悲鳴が夜へ響く。
一方ジュウタロウは、静かに細剣を構えていた。
白銀の瞳が魔物達の動きを鋭く捉える。
一歩踏み込む。
銀閃。
凄まじい速度の突きが、魔物の喉を正確に貫いた。
さらに身体を捻り、流れるような斬撃。
切り裂かれた軌跡から冷気が一気に広がる。
傷口が凍り付き、魔物の動きが止まった。
ジュウタロウはそのまま滑るような足運びで、次の敵へ踏み込む。
剣閃が月光を反射し、夜の森へ幾筋もの銀線を描いた。
そしてハヤト。
黄金の光を纏った大剣が、正面の群れをまとめて薙ぎ払う。
「はぁぁっ!!」
轟音。
衝撃波で木々が揺れた。
吹き飛ばされた魔物達の身体から、大量の瘴気が噴き出す。
その中心で、ジントがそれを受け止める。
黒い霧が次々と彼へ吸い寄せられていく。
苦痛。
怒り。
絶望。
負の感情が濁流のように身体へ流れ込む。
ジントの呼吸が乱れる。
だが止められない。
吸収しなければ、魔物は再生する。
満月直前の濃い瘴気。
実際、倒したはずの魔物達が再び瘴気を集め形を成し始めていた。
「チッ……
キリないで!!」
ダイチが叫ぶ。
その瞬間。
——バキィッ!!
東側の結界石が砕けた。
続けて西側も。
三方向から、大量の魔物が雪崩れ込んでくる。
「くそっ!!」
ハヤトが舌打ちする。
完全な包囲。
森全体がまるで巨大な闇の巣になったようだった。
「ジントに近付けるな!!」
ハヤトの声が響く。
全員がジントの周囲へ集まる。
迫る魔物。
それを必死に押し返す。
ダイチの雷拳と蹴りが唸る。
ジュウタロウの剣閃が闇を裂く。
シュンタの旋律が魔物達を狂わせる。
ハヤトの光が闇を切り裂く。
だが、数が多すぎる。
終わりが見えない。
「っ……ぁ……」
その時、ジントの表情が大きく歪んだ。
吸収した瘴気が、明らかに限界を超え始めている。
肩が震える。
呼吸が乱れる。
それでもジントは吸収を止めない。
「ジント!!」
ダイチが叫ぶ。
だが次の瞬間。
ジントの身体が、ぐらりと揺れた。
「っ……」
黒い瞳から力が抜ける。
そしてそのまま、地面へ崩れ落ちた。
「ジントォ!!」
ダイチの叫びが、夜の森に無情に響き渡った。
コメント
3件

コメント失礼します! comiさんの作品を先日見つけ、一気に最新話まで読み進めてしまいました!世界観や伏線回収まで細部までこだわり抜いた作品にもっと早く出会えたら…と思う所業です。これからの展開がとても気になっております、comiさんの無理のないペースで更新楽しみにしています!!
うわ、17話読了しました。この「月下の境界」、雰囲気の積み重ね方が絶妙ですね。月光の描写から始まって、じわじわと瘴気が濃くなっていく感じが怖いくらいに伝わってきました。戦闘シーンはキャラごとの戦い方の個性がハッキリ出ていて、特にダイチの雷と水の属性コンボは痺れました。そしてジント……瘴気を吸収し続ける代償、もう限界が見えてましたね。あの崩れ落ちる瞬間の、ダイチの叫び声が耳に残ってます。次、どうなっちゃうんだろう……。設定の整合性や魔術体系の設計がしっかりしてるから、世界観にぐっと入り込めました。続きがすごく気になります!