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空音
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シュメール
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兄は桜子が実家で暮らしているのが気に入らなくそれをよくつついてくる、桜子は箸先でうどんを弄びながら、小さな声で反論した
「い・・・家にはちゃんとお金を入れてるわ!」
「三万なんかお前の食費にもならんわ!俺がわざわざここまで出向いたのはお前の事が心配で死ぬに死ねないって母さんに泣きつかれたからだ、お前まだ小説書いてるらしいが、本一冊売れて印税いくら入ってくるんや」
急に収入の話に切り替わって桜子は言葉に詰まった、視線を泳がせつつ消え入りそうな声で答える
「い・・・印税は・・・一冊10%・・・だけど・・・」
「はぁ?それじゃ残りの90%は出版社が取ってるのか?お前それ、搾取やないかっっ!」
兄の声が大きくなって桜子は小さく息を吸った、売れない作家が「単価数百万」の機械を作って売る製造業で成功している兄の前で収入の話をするのは分が悪い、それでも桜子は言い返した
「小説の印税は兄さんみたいに先に機械の単価を決めて売る商売じゃないし、入金も前払いじゃないわ、そもそも比較の土俵が違うのよ、私は権利というか『中身を作る』事だけを担って、本が出るまでには印刷・流通にもお金がかかるわ、さらに返品されたら在庫は出版社が背負う契約なの、だから兄さん達みたいに先に『売値』を着けるのではなくて『売れたら』それをみんなで分けるの!」
そう言っても、最近では電子書籍が主流になってきているので製本のコストはかからないが、それでも原作者の印税はそれほど良くないのは兄には黙っていた、言えばまた別の理屈で詰められるだけだとわかっていたからだ
兄は言う
「うちだって材料も人件費も機械運搬も抱えてる、それ故に俺らがこの値段で社員を養っていけるという値段で買ってもらうんや、それじゃ『売れたらみんなで分けましょうね』の理屈はわかった、それでもアイディア(原作)を出したお前の取り分が一番多くなかったらおかしいやないか、なんで10%やねん!そもそもお前の原作が無かったらその商品は出来なかったんやろ!」
兄は自分の商売の理屈を持ち出しては桜子の世界に当てはめようとする、噛み合わないとわかっていても、それを説明する気力さえ削られていく、桜子はうどんを一口啜ってから、なんとか言葉を継いだ
「もし私が50パーセントも取ったら、出版局も書店も広告も誰がやってくれるの?兄さんみたいに単体で兄さん一人が機械を相手先に売るのとでは訳が違うのよ!」
「要するにお前一人の原作に、何人もの人間に吸われているってことやな、ほなその出版局はお前がその印税で生活していかれへんってわかってて放置か?いくら個人事業主やからって生活保障してもらえるだけの次の仕事は貰えるんか?お前小説一作書くのに時給換算したらいくらやねん」
「それは・・・」
桜子は考えた、一体いくらなのだろう・・・10円?20円?いづれも途方もない金額に等しい、何か月もかけて作品が出来上がったとしても、改稿などもある、桜子が黙っていると兄が言う
「そんで十年もやってたら、持ちつ、持たれつの得意先ぐらい出来るやろ!俺らかって下請けの機械の部品屋に『この人達も生活があるからこれぐらいやらんと生活していかれへんな?』とか考えて値つけてるぞ!出版局はお前のことどう思ってるねん?お前らはその割りばしと同じで使い捨てか?」
―その通りよ・・・私ごときの作家は掃いて捨てるほどいるわ―
桜子はぐっと唇を噛んだ、そこが普通の商売とは違うところだ、実際一つの出版局で書籍を出せたからといって、次回作も書かせてもらえる保証はない、なので桜子も商業作家といえど素人に交じって賞金稼ぎの公募に必死になって出品しているのだ、そして全落ちだ
この世界はいくら十年もやっているからといって普通の仕事の様にキャリアもへったくれもなく、履歴書にも書けない、黙り込む桜子に兄は呆れて言った
「お~い!大丈夫か?その世界!『やりがい搾取』の匂いプンプンするな!お前、付き合ってる男もいないんやろ?そりゃ母さんも心配するわ」
図星を突かれて今や桜子はすっかり食欲を無くした
「しょっ・・・小説教室の収入もあるわ!それに今出している公募だって・・・まだ分からないし・・・そりゃ普通の仕事をした方が稼げるのはわかってるけど、やっぱり好きなことで食べていきたいし、自分の世界観を少しでも世に届けたい気持ちはやっぱりあるから・・・夢を追いかけるってそういうもんじゃない?」
兄は一瞬黙って容赦のない声で言った
「お前の世界観は金になってないし、40過ぎて親の世話になりながら『夢を追いかける』とほざいてる者はアホやし、アホが家族におると身内の集まりで恥をかく!」
―40過ぎ―
その一言が耳の奥でいつまでも反響した、これだからこの人と会うのが嫌なのだ、兄と会うと現実の自分を嫌というほど突きつけられる
十年前に著書を結構な部数売ってから桜子はずっと夢見ていた、次々と自分の著書がヒットを飛ばし、批評家や書評家から作品についてインタビューを受けるところを
通帳に数千万単位の印税が振り込まれ、本の背表紙には「ベストセラー作家」と加工してもらった自分の写真が載っている所を空想し・・・
帯には「美木桜子がまたやった!」などと称賛するセンセーショナルな文字が並び、書店の入り口には何年も平積みされた自分のハードカバー本が積み上げられ、編集部から薔薇の花束を貰う――そんな事を十数年間夢想して、この歳になったのだ・・・
ふぅ、とため息をついて、兄が残りのコーヒーを啜って言った
「タイムリミットや!桜子!地に足つけて自立する術を考えろ、あと半年やって小説芽が出えへんかったら俺の工場で社員として働け!今や女性でも職人と混じって立派にやっている人は沢山おる!CADオペレーターの免許取れ!そしたら食いっぱぐれない!免許取ったらお前にボーナスもやれる、もうこれ以上、棺桶に片足つっこんでいる父さん母さんに心配かけるな!」
話は終わったとばかりに、兄はガタンッと椅子を立って言った
「今後、小説は趣味で書け!」
工場の作業服姿の兄は、その場に桜子を残して去っていった、人通りの多いフードコートの喧騒が急に、よそよそしく耳に響く、桜子は悔し紛れに呟いた
「何よ・・・人の気も知らないで・・・」
ぶっかけうどんと天ぷらはすっかり冷め切って、もう食べる気もしなくなった
コメント
2件
両方の気持がわかるなぁ… 簡単なことじゃないだろうけど、お兄さんの会社で働きつつ創作を続けてくのが現実的かと🥺
うわあ…読んでて胸が苦しくなりました。兄の「印税10%って搾取やん」って言葉とか、「40過ぎて夢を追う者はアホ」って容赦ない一言がずしんと来ます。桜子の「ベストセラー作家になっている自分を夢想する」という内面描写に、長年創作を続けてきた人の諦めと執着の狭間がすごくリアルに出ていて、読んでいて切なくなりました。この後、桜子がどう決断するのか気になります…続きが読みたいです。