コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ルーイ先生、それは……」
「危険過ぎます!! 絶対に許可出来ません!!!!」
先生のやりたい事はあまりにも大胆で無茶なものだった。当然容認できるわけもなく、俺はすぐさま反論した。レオン様が面食らったようにこちらを見ている。先生の提案にも驚いていたが、俺の態度の方がよっぽど衝撃だったのだろう。声を荒げて主の言葉を遮るという無礼を働いているのに、それに気付かないほど頭に血が昇っていたのだ。
「セドリック……落ち着いてくれ。ルーイ先生、申し訳ありませんが俺も彼と同じ意見です。その提案を受け入れることはできません」
冷静さを失っている俺を宥めながら、レオン様も提示された案に賛成できない旨を表明した。主と同じ考えだったことに安堵したせいか、高ぶった感情が収まってきた。
自分はこんなにも激情に駆られやすい人間だっただろうか。どちらかといえば短気な性格であるレオン様を諌めるのが俺の役割だったはずなのに。俺と主の立場が逆転してしまっているではないか。
先生が自ら進んで危険な行動をしようとしている……そう思った瞬間に目の前が真っ赤になった。理性では抑えきることができずに叫んでいたのだ。こんな経験初めてだ。
反対されることを予想していたのだろうか。先生に動揺した素振りはなく、俺とレオン様の言葉を受け止めた。この程度で先生が引き下がるとは考え難いが、こちらだって簡単に折れてやるつもりはない。彼の右手が緩慢な動きで顎を撫でさする。余裕そうな態度が子憎たらしい。
「そもそもの話な。ここまで捜査が難航しているのは、実行犯である『グレッグ』が死んでいるからだ。こいつが何者か分からないから、背景事情を探ろうにも憶測や推測を頼りにローラーを実施するしかなかった。でも今は違う。俺たちの手元にはグレッグの正体を突き止める重要な手掛かりがあるじゃないか。これを利用しないでどうする」
先生の提案はジェムラート邸に侵入したふたりの異邦人……カレンとノア。彼らからグレッグの情報を引き出すというものだ。
中庭でのカレン嬢の様子を振り返ってみる。彼女は釣り堀で起きた騒動の経緯をかなり詳しく把握していた。これは二番隊に潜伏していたノアのお陰なのだろうが、グレッグ個人に関してなら我々よりも詳細な情報を持っている可能性が高い。彼らはニュアージュの出身であり、更に身近にグレッグと同じ魔法使いがいるのだから。
先生に提案されるまでもなく、このふたりには尋問を行う予定だろう。それではなぜ俺たちはここまで激しく反対しているのか。問題はその尋問を先生自身が行うと言い出したからだ。
「先生の仰ることはもっともです。あのふたりはグレッグと同郷ですからね。きっと我々よりも奴について知っていることは多いでしょう。……尋問はします。ですが、それに先生を同席させることは致しません。危険ですから」
カレンとノアがグレッグについて知っていたとして、それを俺たちに教えてくれるとは限らない。黙秘するだけならいいが、こちら側に何か仕掛けてきたらどうする。なりふり構わない人間ほど恐ろしいものはない。拘束されているからといって油断はできない。彼らの危険性について先生は身をもって体験なさっているだろうに……
「虎穴に入らずんば虎子を得ずっていうでしょ。それに勘違いしないで。俺がしたいのは尋問じゃない。取引だよ」
「取引……?」
「そう。カレンちゃんと……もうひとりはノアだっけ。ふたりはエルドレッド少年を探すためにエストラントに来たんだよね。でもこのままではその目的は達成できずに牢獄行きだ。きっといま必死に脱出する方法を考えているだろうね」
「でしょうね。まぁ、我々の目が黒いうちは絶対にさせませんけど」
「そこで、取引を持ちかけるんだよ。俺たちの捜査に全面協力することを条件に、彼らの罪を軽くしてやるとな。どうだ?」
「どうだって……そんな簡単に。レオン様、先生が仰るようなことが実際に可能なのでしょうか」
「取引か……そりゃ、無理やり口を割らせるよりは効率的かもしれないが……」
主は眉間に深く皺を刻み、思考を巡らせている。
こちらに情報を提供する見返りとして処分の軽減措置をとる。犯罪者に対してそのような取引を行うケースもなくはない……
上手くいけばグレッグの正体から事件解決に向かって大きく躍進することが期待できるが、彼らが取引に応じるかどうか……また、協力するふりをして嘘の情報を渡してくるというリスクもある。慎重に検討しなければならない。
「ノアって子の話を信じるなら、コスタビューテと揉めるつもりはないそうだ。穏便に事を済ませられるのなら、無駄な抵抗はしないだろう。こちらが妥協する姿勢を見せてやれば取引にも乗ってくると思うぞ」
「その妥協が難しいのですよ。先生への暴力に加えて軍での諜報活動……揉めたくないと言いながら行動が噛み合っていませんよね。情報は欲しいですが、彼らに対しては厳重な処置を取らなければならない。余所者にこれ以上舐められないためにもね」
彼らの行いを安易に許すことはできない。国の沽券にも関わる。いくら先生の頼みでもこればっかりは難しい。
「お前たちの不利益になることはしないと約束するから交渉を任せて欲しい。俺も尻のあざの借りを返さなきゃならないしな。あちらにだけ美味しい思いをさせるような真似はしないさ。優位なポジションを維持したまま話をまとめてみせる」
絶対に上手くやるからと、先生はレオン様に詰め寄っている。俺と共に先生の提案を却下したというのに……早々に主の決意が揺らいでいるのを感じた。心のどこかでこの方ならやり遂げてくれるだろうと期待する感情……そこを突かれている。やはり手強いな先生は。
「でも、先生をこれ以上危険な目に合わせることは……」
「全く……お前たちは変に気を使い過ぎなんだよ。もう少しずる賢く俺を利用することを考えてもいいのにさ」
「利用だなんて、そんな言いかた……先生は我々にとって既に大切な仲間のひとりなんですよ。頼りきりになってしまっているのは申し訳ないですが……」
「俺だってお前たちのことをそう思ってる。だからこそ仲間のひとりとして役に立ちたいんだよ。俺を信じて。危険だというなら、レオンとセディが立ち合ってくれればいいでしょ」
主の手を握りながら先生は懇願する。仲間として信用して欲しいと……この方にそこまで言われてしまったらもう――――
「セドリック……」
残念ながら俺にはどうすることもできない。縋り付くような主の声。それを振り切るように俺は首を横に振った。
丸め込まれてなるものかと意気込んでいたのに、こんなにもあっさりと撃沈してしまう。レオン様ですらこのザマだ。俺たちの敗北が確定した。