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「あのさぁ……」
週が明け、輝馬が土日を使い改変した企画書を見ながら、部長はうなった。
「誰がバイオパニックのパクリを作れって言ったんだよ?」
「………え?」
輝馬は前で組んだ手をぐっと握りしめた。
「このキャラも、このキャラも、全部バイオパニックの既出キャラ!武器のバリエーションだって既存!敵の種類だってそう!こんなの中国だってもっとマシなパクリ方するぞ!?」
今度は企画書を叩きつけられるどころか、ごみ箱に放り投げられた。
「もういいわ、君。頭はいいくせに、ベンチマークの意味、全然分かんないみたいだし。やっぱり偏差値じゃねえんだよなー、こういうの」
そういいながらガリガリと頭を搔いている。
「ーー市川君、君さ」
その出目金のように飛び出している目がぎょろりとこちらを睨んだ。
「庶務とか得意だったりしない?」
「……ショム……ですか?」
つかめない会話の流れに輝馬が眉間に皺を寄せると、部長は腕を組んで頷いた。
「そーお。会議用の資料をパワーポイントに起こしたり、組んだ予算をエクセルの表にしたり、決算をファイリングしたり。小口管理、郵便物の送付、電話応対その他なんでも」
「……えっとそれは」
「まあ、勤務体制はパート業務ってことになっちゃうけど」
輝馬は目を見開いた。
偏差値70の一流大学を出て、YMDホールディングスの企画部に入社し称えられた自分が、
パート?
目の奥がぐつぐつと熱くなってくる。
そんな、
そんな侮辱を受けるくらいなら、
こんな会社、こっちから辞めてやる。
「そういうことでしたら申し訳ありませんが、私はーー」
「ちょっと待ってください!」
とそこに、企画部2課長、上杉が入ってきた。
「彼には、まだ表に出てきていない潜在力があると思っております!」
上杉は部長に手ぶり身振りを加えながらプレゼンを始めた。
「この会社はゲーム好きな人間ばかりだ。ゲーム器を抱きながら育ち、きっと歩けなくなってもコントローラーは離さない!そんな人間の集まりです!」
静観していた周りのスタッフから、笑いが漏れる。
「しかし市川は違います!VRはおろかテレビゲームも、もしかしたらスマホゲームでさえプレイせずに、一生を終えるかもしれない。しかしそんな人間は実は珍しくないんです!ほら、データにも表れています!」
いつのまに印字してきたのか、彼の手には円グラフが描いてあるコピー用紙が握られていた。
「10代~30代の、いわゆるゲーム世代、半数以上がスマホアプリのゲームをほぼ毎日プレイしています。しかし全くプレイしないという人間も2割を超えているんです!」
上杉は部長のデスクに手をついた。
「今やスマホアプリは素人でも作れます。キャラデザもイラストレーターもアルバイト感覚で仕事を受け持つスキマ産業も充実しています。いくらYMDが大手とはいえ、この2割を獲得できずして、会社としての未来はありません!そのカギを握るのが、この市川なのです!」
「…………」
部長があっけにとられて口を開けたまま、その視線をそのまま輝馬に戻す。
「……こいつがぁ?」
「はい、そうです!」
上杉はただでさえ大きな鼻の穴をもっと膨らませて、部長を見下ろした。
「ただでとは言いません!チャンスをください!来週のスマホアプリの企画プレゼン、こいつも混ぜてください!お願いします!」
上杉は今度は部長に頭突きする勢いで頭を下げた。
「…………」
部長はあわててよけながら、眉間に皺を寄せて、輝馬と上杉を交互に睨んだ。
「ーーそれでダメだったら?」
「ダメだったら!!」
上杉がガッと顔を上げる。
「市川は庶務課に回します!!」
(……何言ってるんだ、このゴリラ……!)
勝手に決められ、輝馬は目を見開いた。
「……はあ」
部長は口の端で笑うと、長い毛の生えた指で顔を擦りながら、煙草くさいため息混じりに頷いた。
◆◆◆◆
その日の午後から早速、輝馬は企画部のデスクではなく、小会議室の一つに閉じ込められた。
与えられたのは会社のスマートフォンのみ。
それにRTSにRPG、シミュレーションゲームにパズルゲーム、育成ゲームにスポーツゲームなどありとあらゆるゲームをインストールされ、片っ端からやるように命じられた。
8時半~18時まで、休憩を抜いた業務時間の大半がゲームプレイに当てられ、普段ゲームをしない輝馬にとってそれは苦痛でしかなかった。
「おお、すげえ。レベルめちゃくちゃ上がってんじゃん!」
たまに様子を見に来る上杉は音ゲーのレベルを見ながら笑った。
「どうだ?面白いのはあったか?」
そういいながらパイプ椅子を引き、隣に座ってくる。
「ないすね……」
輝馬は目頭を親指と人差し指でぐりぐりとマッサージしながら、正直に答えた。
「あ、1個だけありました」
「ほう!どれどれ?」
上杉が濃い顔をさらに暑苦しくリアクションしながらのぞき込んだ。
「放置美少女」
「―――」
ウケを狙ったつもりだったが、上杉は真剣な顔でこちらを向いた。
「ーーそれでいいんだよ。市川」
「……は?」
「それでいい。楽しいのを見つけたら、お前がどうしてそれが楽しいと思ったのかを考えてみるんだ。それがわかったら、もっと楽しくなるにはどうすればいいのかを考えればいいんだ。俺が言いたいのはそういうことだよ」
上杉は満足したように輝馬の肩をバンと叩くと立ち上がった。
「よし、引き続きプレイ!」
「あの」
輝馬は上司を見上げた。
「俺、本当にこんなことしてていいんでしょうか。朝から晩まで1日遊んでいて、これじゃなんだか……」
「いいんだよ!」
上杉は笑った。
「今までの人生でゲームもしないで頑張ってきたんだ。これくらいいいんだって。大いに遊べ!」
彼は笑顔でそう言うと、小会議室を出て行ってしまった。
「ゲームもしないで……か」
輝馬はパイプ椅子を軋ませながら背中を凭れ天井を仰ぎ見た。
今までの25年間の人生の中で、テレビやスマートフォンに限らず、ゲームに夢中になったことなどあっただろうか。
例えば家族と、例えば友達と、例えば彼女と、ゲームで笑いあった記憶なんて、ない気がする。
だって自分には、
形だけの家族よりも、
振り払っても振り払っても湧いてくる友達よりも、
性処理のための即席の彼女よりも、
もっと大事なオモチャがあったから。
「……最近、オモチャで遊んでねえなぁ」
小会議室でつぶやくと、ピロンと放置美少女のレベルが上がった通知音がした。
◇◇◇◇
木曜までかけて様々なゲームをやりこみ、その中で自分がわずかに楽しいと思える要素をつぎはぎして作った企画書を金曜に作成して、上杉に提出した。
「ゾンビ系放置ゲームか」
上杉は頷きながら印刷用紙をめくった。
「なるほど。プレイヤーは人間じゃなくて、ゾンビの方なのね」
「人を殺し、街を壊滅させるのが目的です」
輝馬は半ばやけくそで淡々と話した。
「プレイヤーがゲームを放置すればするほど、ゾンビは増殖し、プレイヤー自身のゾンビのレベルも上がります。レベルが上がると、増殖のスピードが上がり、より大きな町を侵略できるようになります」
上杉がページをめくるのに合わせて解説を加える。
「とはいえ主人公はゾンビなので、人間に捕まるというリスクもあります。人間はゾンビである主人公を殺しはしないものの、治そうとしてきます。治療され人間に戻るということは、このゲーム上では、ゾンビとしての死=ゲームオーバーを意味します」
「なるほど……」
「あとはボーナスステージとして、街にいるキャバ嬢をとらえると、裸同然の美女たちが、汚らしいゾンビに襲われていくというセクシーアニメーションが見れます」
「ふふっ」
上杉が笑う。
「スキマ時間にやれる単純さ、誰かと共有したり競争したりすることのない気軽さ、人間を殺す、街を破壊・侵略するというダークな爽快感、さらには美女を犯すという性的満足を刺激する、忙しいサラリーマン向けの放置ゲームです」
最後のページまで読んだ上杉が顔を上げた。
「これが、ゲーム嫌いな俺が考えた、最終形態です。これでダメなら庶務にでもパートにでもなんにでもなりますよ」
投げやりに言うと、上杉はガッと輝馬の手を取った。
「やっぱり俺の目に狂いはなかった!!」
興奮しているのか、それとももともとそうなのか、やけに湿った手で握りしめてくる。
「いいじゃないか!!予想以上にいい!!これで行こう!!」
うんうんと頷きながら上杉は唇をかみしめ笑った。
(……え、いいの?マジ?)
輝馬は目を丸くしながら、上杉の顔を見つめた。
「よし!そうと決まれば、これ、パワーポイントで打ち直しだ!フリーイラストなんかも入れてわかりやすく!どのゲームをベンチマークとして使ったかも詳しく書いて、誰の目から見てもわかるように!プレゼン資料の作成だ!」
上杉は握ったままの輝馬の手を引いて歩きだした。
「……あ、はい……!」
小会議室のドアが開く。
いつも通っているはずの廊下が、なぜか妙に明るく感じた。