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33 ◇ラウンジカメリア 夜
匠平の働く会社では公務員に準ずる厳しいサプライヤー行動規範というものが
設けられており、[一切の不正な贈答・接待など、その他の経済的な利益の供与を
禁止する]という諸規則がある。
なので、会社絡みの接待という形で夜の街に繰り出してネオン街に連ねられている店に
行くことはない。
また、常時仕事が忙しく同僚たちと行くこともなく過ごしてきた。
✔そんな匠平がたまたま仕事を早く上がれた日、最寄り駅のプラットホームで
偶然学生時代の友人と再会したことで、夜の街へと繰り出すことになる。
友人は東京に本店のある企業に就職しているのだが、半年ほど前に関西にある支店へと
異動して来たという。
この日がたまたまの水曜日で圭子が実家に一泊する日だったため、帰る時間を気に
しなくてもいいということもあり、匠平は友人である稲岡哲也と共に改札口まで
戻り夜の街へと繰り出した。
「俺さ、こっちへ帰ってからちょくちょく接待なんかで使っているいい店が
あるんだ。そこへ行こうぜ」
「接待するほうなのか? それともされる側なのか?」
「どっちも有りかな。
不動産デベロッパーはゴルフや飲み会が頻繁にあるからなぁ。
俺はさ、独身だから無問題なんだけども、接待で行った先の店の子と
ややこしい関係になって離婚したヤツなんかいっぱいいるわ。
よその会社はどうか知らんがうちの会社はほんとヤバい」
「デベロッパーじゃないけど不動産関連の会社に行った知り合いがいるけど、
稲岡とは真逆の事言ってたから世の中はいろいろなんだなってことを実感するな」
「そいつは何て?」
「営業だが、接待でゴルフも夜の店も行ったことないけど仕事に支障は
無いってさ」
「それって眉唾物だな」
「いや、そんな仕事のことで嘘をつくようなヤツじゃないし、ほんとなんじゃないかな」
「加納はさ、接待されたことないのか?」
「うちはそういうのは厳しくてな。
仕事にそういうものは介在させないことが徹底されてるよ」
「ある意味、羨ましいなぁ~。
俺なんか、酒の飲み過ぎで身体壊しそうだもんな。
今から行く店なんだが、こっちに飛ばされてから行き始めた店なんだけど、
最近ちょっと気になる子が入店しててさ」
「へぇ~、稲岡は面食いだから相手はさぞかし綺麗な嬢なんだろうな」
「割と素人っぽくて、それでいて人妻を思わせる色っぽさがあって
ずっとチャンスがないかと探ってるところ」
「それって本気でとかなのか?」
「どうだろう? 相手と自分の気持ち次第ってところかな。
まぁ、普通は夜の店で働いてる女性を妻に決めるのは余程惚れた場合
じゃないとな。
何といったって親には反対されるだろうし、それをものともせずエイヤーと
ぶった切り結婚するのだからな。
まぁ、結婚相手とかそんな堅苦しいことは横に置いといて、
今は彼女にしたいっていうところだな」
「そんな気持ちで釣るなんて相手が可哀そうだろ」
34 ◇今でも惚れてる
「相変わらず、加納はお坊ちゃんというか真面目でお前の奥さんは
幸せ者だな」
「……そうでもないよ」
「奥さんと上手くいってないのか?」
「いや、ぼちぼちだな。仲は良い方だと思う」
「いまだにラブラブとか言うなよ。
結婚して3年って言うだろ、恋心を持っていられるのは」
「そうなのか。俺は今でも惚れてるよ」
「きゃあ~、止めろよそんな台詞っ。
聞いてるこっちがあほらしくなるわ。
でもいいな、羨ましいよ。
そんなに想える相手と結婚できて子供もできて幸せなんだからな。
俺もいい女性捕まえるぞー」
そんなふうに稲岡が吠えたところで、2人は稲岡お勧めの店に着いた。
「「いらっしゃいませ」」
ホステスたちのウエルカムな挨拶を受けるとすぐに稲岡が言葉を発した。
「え~と、渚ちゃんいる?」
「「ひっどぉ~い。綺麗どころが2人して出迎えてるのにぃ~」」
「いやいやいや、まままま、そういうんじゃなくて俺の連れに
どんな女性か見せたくてね」
などと、稲岡が二人のホステスのブーイングを逸らそうと意味不明な言動を
口から出す。
「あっ、はじめまして、いらっしゃいませ。私は一ノ瀬愛理と言います」
「私は水島季々と申します。以後お見知りおきを……」
「はぁ、加納匠平です」
不慣れな俺はぎこちなく自己紹介をした。
女性たちが2人して声を掛けてくれ、あれやこれやとお世話してくれるのだが、
尻がこそばゆくて堪らない。
反して慣れている稲岡は、まるで自分の家のリビングにいるように
リラックスして見えた。
「稲岡さん、渚ちゃんだけど今夜は上得意様専用になってるから、
こちらには出向けないかも。ごめんなさい」
「ありがと、分かった」
ホステスに返事をした稲岡が今度は俺に向けて言葉を放つ。
「じゃあ、彼女がこちらに顔を向けたタイミングでどの女性か教えるよ」
「ああ……」
よほどお気に入りらしく、どうしても俺に見せておきたいようだ。
渚という女性の顔が見えるまでの間、ホステスたちが言葉巧みに
会話を途切れさせることなく、我々客との接客を円滑に進めていく。
途中では連想ゲームみたいなものもあった。
「それじゃぁ、始めるわよぉ~。バナナと言ったら?」
「滑る」
「滑ると言ったら?」
「氷……」
「氷と言ったら?」
「かき氷」
「かき氷と言ったら?」
「蜜が掛かって甘い」
「甘いと言ったら?」
「ケーキ」
「ケーキと言ったら?」
「大好きっ」
「大好きと言ったら?」
「稲岡ちゃん」
「やっばぁ~い」
「「きゃははっ」」
ヤバいと言いながら、稲岡は喜んでいる。
振りなのかもしれないが、ノリがいい。
俺なら何というだろう、そんな埒もないことを思いながら、楽しめない俺は
楽しんでいる振りをしてそこにいた。
AI自作イラスト