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喫茶桜の営業が終わると
店内の灯りは少し落とされ
居住スペースのリビングには
柔らかな間接照明が灯されていた。
今日も忙しかった一日を締めくくるように
リビングには皆が揃い
どこか穏やかで温かな空気が流れる。
アリアはいつものように
静かにソファに腰掛け
青龍は小さな体で彼女の座るソファーの横
床に静かに鎮座する。
ソーレンは床に座り
脚を崩した姿勢でレイチェルと並んでいた。
ティアナはというと
リビングの中央にそっと降ろされると
まるで貴族のように優雅な足取りで
整えられた空間を歩き回った。
ふかふかの
ラベンダー色のベッドに前脚をかけ
肉球で少し押して感触を確かめ
納得したように
ひとつ頷くような仕草を見せる。
次に爪とぎポールを見上げ
軽く爪を当てては満足そうに
小さく「にゃ」と鳴いた。
食器の水を舐め
トイレの確認まで済ませると
レイチェルが手に取っていた
ネズミ型の電動おもちゃに気付いたように
ぱちりとその瞳孔を広げた。
「ティアナちゃん!
ほら、これ動くんだよ~!」
「お、俺もやっていいか?
こっちの、羽根のやつもいけるだろ」
レイチェルがリモコンを操作すると
おもちゃのネズミが小刻みに動き出し
ティアナの目が本能に刺激され
蒼が見えなくなる程、黒く瞳孔を開く。
次の瞬間
白い毛並みが床を滑るように駆け抜け
ネズミに飛びかかる。
「わっ、すっごい速い!」
「猫って、こんな速ぇのかよ」
ティアナは尻尾を優雅に揺らしながら
ネズミを咥えてドヤ顔を見せ
次はソーレンが手にした
羽根じゃらしへと標的を切り替えた。
「はいはい、こっちだぞ?
取ってみろよ、白いお姫様よぉ」
軽口を叩きながらも
ソーレンはじゃらしを上下に揺らし
ティアナと本気の攻防を繰り広げる。
その様子を
キッチンから見ていた時也は
温かな蒸気に包まれた鍋の蓋を開けながら
ふと振り返って微笑んだ。
鍋からはオリーブとハーブの香りが漂い
切った野菜が静かに煮込まれていく音と
ティアナと皆の笑い声が混じり合って
彼の心をふんわりと満たしていた。
「⋯⋯賑やかですが、いい夜ですね」
そう呟きながら
時也はそっと火加減を調整し
今夜の夕食に取り掛かっていた。
静かに夜が更けていく中
リビングには笑い声と
小さな猫の動きが絶えず
まるで家族という言葉そのものが
形を持ったかのような
優しい時間が流れていた。
⸻
リビングは静かな夜の灯りに包まれていた。
夕食を終え
皆が思い思いの時間を過ごしている中
時也の姿は見えなかった。
その頃、彼は自室にこもり
机の上に小さな工具を広げ
慎重に指先を動かしていた。
白木のデスクの上には
小さなパーツが整然と並べられ
それを組み上げていく彼の眼差しは
まるで職人のように真剣だった。
手元の作業が一段落すると
彼はそっと息をつき
完成したそれを
掌の中で確かめるように眺めた。
「⋯⋯ふむ。
我ながら、良い出来ではないでしょうか」
呟いた声に
誰も応える者はいなかったが
時也の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
静かに椅子を引き、立ち上がると
出来上がったそれを小箱に丁寧に包み
手に持って部屋を後にする。
階段を下りリビングへと戻ると
そこにはすでに夜の寛ぎがあった。
ソファの上では
ソーレンが
ティアナの羽根じゃらしを
巧みに揺らしながら
レイチェルと冗談を言い合っていた。
ティアナは時折じゃれついては
距離を取って
再び飛び付く瞬間を伺っている。
時也はそっとアリアの隣に座り
その肩を優しく引き寄せるようにして
話しかけた。
「ご友人と
どんな形であれ、また逢えて⋯⋯
良かったですね、アリアさん」
その声に、アリアの瞳が僅かに揺れた。
「⋯⋯あの者は⋯⋯
立派に私の侍女を務めあげて⋯⋯
常に、私の傍に⋯⋯居てくれた」
静かに綴られる記憶の言葉に
時也はそっと微笑んだ。
「そうでしたか⋯⋯では、アリアさん。
彼女に、こちらを」
そう言って時也が手渡したのは
小さな木箱に包まれたものだった。
アリアがそれを開くと
中から現れたのは
紫の革に繊細な細工が施された細い帯――
それは
艶やかな光沢を放つ革製の首輪だった。
中心には、小さな留め金があり
そこに飾られた透明な宝石が
柔らかな室内灯を反射して淡く輝いていた。
「アリアさんが、再会の時に流された⋯⋯
あの涙の宝石を、しつらえてみました」
アリアは
首輪をそっと両手で
包み込むように持ったまま、目を伏せた。
表情は相変わらず変わらない。
だが
確かにその心の奥底で
何かが静かに
しかし確かに波打つような気配を
時也は感じ取っていた。
「⋯⋯ティアナ」
アリアが名を呼ぶと
ティアナはぴくりと反応し
遊んでいたじゃらしから離れて
すぐに彼女のもとへ歩み寄った。
小さな前脚を揃えて
アリアの前に座るその様子は
まるで人間のように端正だった。
アリアはゆっくりと
その白い首元に指を伸ばし
首輪を丁寧に
まるで祈るような手つきで留めていく。
カチリ――
静かな音が響いた瞬間
ティアナはまるで深く礼をするかのように
前足を折って頭を垂れた。
彼女の長く柔らかな白毛がさらりと揺れ
首元で宝石が静かに煌めく。
それは
かつて主と従者だった者たちの
今世における新たな絆の証だった。