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オリバーは執務室で、ひとりの男と対峙していた。
彼の名前は、バージル・B・ベイリアル――……オルビス教団の、大司教だ。
「――ふざけるな!
お前のところの人間を見た者がいるんだ!!」
「私からは何も指示したことはありません。それにしても、何を興奮しているのです?
あの建物では、特に催し物はなかったはず。それとも、秘密裏に何かを進めていたのですか?」
「話を逸らすな! 私の配下が連れ去られたんだぞッ!?」
「だから、何度も言っているでしょう?
異端諮問局も協力しますよ。何故、調査の立ち入りを拒否されるのですか?」
「……これ以上私を困らせると、主教様の知るところになるぞ……!?」
大司教の圧が真正面からくるが、オリバーはやれやれ……といった身振りを見せる。
「ふーむ? 主教殿まで出張ってくるのですか?」
オリバーは冷めた目で大司教を見た。
大司教は忌々しくそれを睨んでから、テーブルを思い切り叩いて執務室を出ていった。
……それと入れ替わる形で、部屋の片隅からアリアとザインが出てくる。
「オリバー様、お疲れ様です」
「はぁ、まったく……。まさか大司教殿が、生誕祭に乗じて問題を起こすとはなぁ……。
……それで? アリアはこれから、どう動くつもりかね?」
「その前に、異端諮問局としては動かないのですか?」
オリバーは自分の椅子に戻り、アリアから受け取っていた報告書を改めて眺めた。
そこに書いてあるのは、アリア本人が見たものだけで……それ以上のことは何も書かれていない。
「……動くには、情報がまだ足りんな。ちなみに、捕らえた男は拷問したのかね?」
「いえ。こちらの方に、強く反対されまして」
そう言うと、アリアは横のザインを指で示した。
「いやぁ……。さすがに、そういう仕事をアリアに任せるのは……」
「気持ちは分かるよ。自分の仲間に、そういった仕事はさせたくないのだろう。
ただ、ザイン君は……異端諮問局のことを、分かっていない」
オリバーは立ち上がって、ザインとの間を詰めた。
物腰は柔らかいとはいっても、ここぞというときの圧はやはり凄まじい。
「――ただ、アリアは特殊な立ち位置だからな。
よろしい。今回の拷問は、私の方で行おう」
「オリバー様が、自ら……ですか?」
「不満かね?」
「いえ。同情する相手ではありませんから。
……情報屋はどうする? 一緒に、見に行く?」
「アリアが行くなら、俺も……行くよ」
ふたりは目を合わせてから、オリバーの後ろに付いていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大聖堂の、誰も来ない部屋。
そして、そこで繰り広げられる拷問――
ザインは一瞬も見逃さず、その光景を見ていた。
「よくもそんなに、見ていられるねぇ」
「……これも経験だよ。
それに、アイツの悪事も全部見ているしな……」
いつか自分も同じ目に遭うかもしれない――
……仕事で情報を扱うザインは、そんな思いで目を逸らさなかった。
アリアも同じ光景を見ているが、表情は冷めている――
……敢えて冷めた状態で見ている、という空気があった。
「ふぅ、さすがに口が堅かったな。
ただ、全てを知っている……というわけでもなさそうだ」
それだけ言うと、オリバーは気絶したバイロンに治癒魔法を掛けた。
傷は見る見る癒えていくが、すぐに目を覚ますことは無い。
「……命は、助けるんですか?」
「もちろんだとも。
彼は罪を負った。しかし、死ぬだけが罰ではない」
ザインは何とも言えない顔で、オリバーの顔を見る。
「――酌量ではないよ。
生きている方がつらい、ということもあるからね」
オリバーは優しく、ザインに語り掛けた。
「――それよりも、だ。
大司教殿の言い方から察するに、今回の件は、主教殿も絡んでいるのだろう。
私が動くには、どうしても根回しが必要になるのだが――」
オリバーはそう言ってから、アリアの方をちらっと見た。
「あたしが解決してよろしいのであれば、ご命令を」
「うむ……。信徒の命が懸かっているからな。そのように動くとしよう。
ザイン君は、さすがにここらで――」
「いえ、最後まで付き合わせてください」
「……そうか。それなら、よろしく頼むよ。
アリアと君は、なかなか良いコンビのようだからね」
オリバーはザインをしばらく見据えたあと、ザインの肩を軽く叩いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オリバーによる拷問の結果、いくつかのことが判明した。
地下の礼拝堂に集められた者は、信徒の中でも大司教を妄信している者であること。
また、そういった信徒を利用して、ひとつの実験を行っていたこと。
その実験とは……『永遠の命』を異能として手に入れること。
メルヴィナが描いていた樹のような紋様は、それに繋がる媒介として、大司教が主導して研究を行っていたこと。
……その後、アリアとザインは屋根の上で、これからのことを話していた。
「――いつの時代も、そういうのを欲しがる人がいるものだねぇ」
「大きな権力を握った人間、とか、あとは……表に出てこない研究者、とか?」
アリアは空を眺めながら、溜息をつく。
建物の下では引き続き、多くの人々が生誕祭で賑わっていた。
……しかし、それも今日で終わりだ。
大司教を妄信する信徒を呼び込むのも、今日で終わりになるだろう。
「今日を逃せば、うやむやになっちゃうかもしれないでしょ?
だから、あたしが動くよ」
「おう」
「……情報屋も、本当に手伝うつもり?
借金のことは忘れて、ここでお別れでも本当にいいよ?」
「えー?」
ザインはゆっくりと立ち上がって、数歩だけ前に出た。
目の前には平和な青空が広がっており、後ろには困難に向かう少女がいる。
まるで、どちらを選ぶのかを迫られているような――
「……まぁ、ここまで来たんだし?
俺も、メルヴィナのことは助けたいしな」
「あれ? あたしのことは、助けてくれないの?」
「いや……。それは、最初に言ったつもりだったんだけど……」
伝え方が分かりにくかったかな……と、ザインは反省した。
しかしそんな表情の変化を、アリアは楽しそうに眺めていた。
「……ふふっ。ありがとね」
アリアの短い言葉に、ザインも静かに微笑んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――大司教は広い廊下を歩いていた。
生誕祭が最終日を迎えると共に、自分たちの計画した実験も最終日となる。
教団のナンバー2とはいえ、組織を完全に掌握できるわけもない。
だからこそ、できる内に、速やかに研究を進めなければ……。
しかし、計画を主導させていたバイロンが姿を隠してしまった。
地下の礼拝堂の通気口が破壊された跡があり、そこから血の跡が外まで続いていた――
……だから、何者かによって連れ去られたことは間違いない。
ただ、そうはいっても……大っぴらに捜索をすることは出来ない。
「……くそっ!」
廊下の絨毯を強く踏みつけるが、そんなことをしても気分が晴れるわけもない。
苛立ちを抱えながら、大司教は廊下を歩いていた。
「うん……?
それにしても――」
……廊下には、誰もいない。
地下の礼拝堂に向かうこの廊下、当然ながら警備の騎士もいるはず……。
そう思った瞬間、自分の背後に気配を感じた。
「――ッ!?」
「おっと。思ったより、反応が良いんですね!」
「貴様ッ! 異端諮問局の……!?
誰か! 誰かいないか!!?」
大司教は大声で助けを求めた。
しかしこの場にいた人間は、アリアによって一掃されている。
また、この建物は今回の事件とは別の名目で、異端諮問局によって封鎖されていた。
……これはオリバーからの、せめてもの支援だった。
「く、くそっ!?」
大司教は逃げ出した。
しかし逃げられる場所は、誘導されるようにひとつしか残されていない。
――地下の礼拝堂。
大司教がここに逃げ込むと、アリアもすぐに追って入ってきた。
昨日あったはずの遺体は全てなくなり、床に開けられた穴も閉じている。
「……オリバーのやつめ、狂ったのか!?
私を直接、処分するというのか!?」
「オリバー様は無関係ですよ。あなたを罰するのは、あたしの独断です」
「ちっ! やはり気に入らなかったのだよ、特務裁定官なんてものはッ!!」
大司教の腕が揺らめいた。
魔法陣が生み出されて、何かしらの力が漲っていく――
……が、攻撃をしようとしたところで、大司教は突然の驚きを見せた。
「――ッ!?
そうか、貴様は確か『対象化拒否』などと……ふざけた異能を持っていたのだったな!」
しかしそうは言いつつ、大司教は力の塊をアリアに向けて投げ放つ。
厳密にはアリアの後方に向けて撃っているのだが、対策は完璧……というところだ。
そんなふたりの元に、礼拝堂の外から、3人の男がなだれ込んでくる。
「ご無事ですか!? 大司教様!!」
「くそ、大司教様をお守りしなければ……!」
「アリア、大丈夫か!?」
1人はザインだった。
残りの2人は、見知らぬ警備の騎士と――
……オリバーが拷問のあとに拘束していた、バイロンだった。
しかし彼らは重苦しい空気に負けて……ついつい、足を止めてしまう。
「あなたは完全に、オルビス教の教義に反しています。
だからあなたは今日、ここで――」
「ふははっ! 黙れぃッ!!」
アリアの言葉の途中、大司教は一喝した。
……国家にも匹敵する組織で、強大な権力を握る男。
2番手には甘んじているものの、大司教は、その頂きの直前まで登ってきた男なのだ。
「――私は負けんぞ。主教様の理想をこの目に見るまでは……。
貴様をこの場で消す――そして、異端諮問局も潰してやるッ!!」
大司教は吠えた。
嘘でも威嚇でもなく、実際にそうするつもりなのだろう。
「アストリアよ、確かに貴様は規格外だ。
故に、私も確実に勝利を掴もう!!」
大司教が右腕を掲げると、黒い靄が集まり出した。
魔法陣のようなものは見えず、そしてこの規模の現象であれば――これは、異能だ。
「……おや? そこにいるのは、私の右腕ではないか。なぁ、バイロンよ」
「は、はい! 今までこいつらに捕まっていて……。
助けて頂き、ありがとうございました!」
「……何のことだ? まぁ……貴様はもう、用済みだがな」
「え!? な、何を――」
大司教が黒い靄に手を伸ばすと、それは槍のように形を変えた。
「これがお披露目だ!!
見るがいい、我が異能――『絶命の槍』の力をッ!!!!」
黒い靄をまとった、不定形の槍……。
それがバイロンを貫くと、彼の身体は一瞬で黒い靄に変わっていき、そして宙へと散っていった。
礼拝堂にいる者たちは、それを信じられないように見ていた。
……その場所になだれ込んできていた、警備の騎士も、ザインも。
――もちろん、戦っていたアリアも。
そして彼女は……口元を緩めて、ゆっくりと一言だけ零した。
「……みーっつっけた♪」