二人はエレベーターへ乗ると、花純は一階で降り壮馬はそのまま最上階まで上がって行った。
車で来たのでいつもより20分も早く着いたが、花純はそのままフローリストへ向かう。
しかし通用口の鍵は開いていなかった。優香はまだ出勤していないようだ。
仕方なく花純は隣のカフェへ行く。
「おっ、花純ちゃんおはよう! 体調はもういいの?」
カフェの次郎が花純に声をかける。
次郎は昨日花純が休んだ事を知っているようだ。
「おはようございます。はい、もうすっかり…」
花純が恥ずかしそうに言うと、
「そうか、それは良かった。治ったからってあまり無理すんなよ!」
「ありがとうございます」
「で、何にいたしましょうか?」
「えっとホットのカフェラテのSをお願いします」
「了解!」
次郎は爽やかに笑った。
会計を済ませ飲み物を受け取ると、花純は店の外にあるテーブル席へ座る。
ここなら優香が出勤してきたらすぐにわかるだろう。
花純がカフェオレを半分まで飲み終えた時、ビルの入口から優香が歩いて来るのが見えた。
優香はカフェの前に座っている花純を見つけると、すぐに駆け寄って来る。
「花純ちゃん、もう大丈夫なの? 熱は下がった?」
優香は心配そうな顔で聞く。
「はい、もうすっかり。昨日は突然お休みして申し訳ありませんでした。みんなにもご迷惑をおかけしてしまって……」
「ううん、そんな事は気にしないで。でも顔色はいいみたいで良かったー! まだ治ったばかりなんだから今日は無理しないで
ね。ぶり返したら大変だから」
優香はそう言いながらちらりと腕時計を見ると、
「私もコーヒー買ってこようかな。ちょっと待ってて」
そう言ってコーヒーを買いにカウンターへ向かった。
優香はすぐにコーヒーを手にして戻って来ると花純の前に座った。
「それにしても今回は色々と大変だったわね。体調が悪い上に火事にまで巻き込まれてしまうなんて…本当に災難だったわね」
「はい…もう最悪です。アパートはもう元の状態には戻らないみたいだし…まさかこんな事になるなんて予想もしていません
でした」
「本当よねぇ…私に出来る事があればなんでも言ってね。花純ちゃんはご家族が遠くにいるから、困った時はいつでも私を頼っ
て頂戴」
優香の優しい言葉が身に染みる。
「ありがとうございます。とりあえず今は落ち着きましたので」
「そうみたいね。それにしても壮馬さんがいて良かったわー! 彼から大体の話は聞いたけれど、火事の現場にも二人で一緒に
行ったんでしょう? ああいう時は男の人がいると助かるものね。本当に壮馬さんがいてくれて良かったー」
優香がしみじみと言う。
全くその通りだった。
あの時は壮馬が一緒にいてくれてどれだけ助かった事か。
「高城さんには本当に感謝してもしきれないです。荷物の運び出しから大家さんとの連絡まで全て引き受けて下さって本当に助
かりました」
優香は花純の話をうんうんと聞いた後、急にニヤッとして言った。
「で、今は壮馬さんのマンションにいるんでしょう? びっくりしちゃった! あの壮馬さんがまさか花純ちゃんの面倒まで見
てくれるなんてね。昨日優斗さんと二人の事を色々話して盛り上がっちゃった!」
「優斗さん?」
「ああ、ほら、専務の…壮馬さんの従兄弟の…」
「ああ、あのよく喋る方の人ですね」
その物言いに、思わず優香が声を出して笑う。
「そうそう」
「えっ、でもどうして? 昨日は日曜日で二人ともお休みでしたよね? もしかしてお二人はお友達なのですか?」
「ああ、うん、優斗さんとは以前から飲み友達なのよ。だって壮馬さんが花純ちゃんを家に連れて帰ったなんて聞いたんだも
の、そりゃあ飲みに行くしかないでしょう?」
優香はそう言って笑った。
「そんなにおかしい事ですか?」
「そうよ! 壮馬さんってね、家には絶対女を入れないって事で有名だったのよ」
「えっ? そうなんですか?」
「そう。それなのに花純ちゃんを連れて帰ったって聞いたから驚いたわよ。いくら熱が出て火事で焼け出されたと言っても、彼
の立場だったらホテルを取るのが普通じゃない? それが自宅へ連れて帰ったって聞いたんだもの、そりゃあもう優斗さんも大
騒ぎよ。おまけに今後も同居する予定だなんて聞いたら、私だってびっくりだわ!」
「はぁ……でも、副社長はなんで今まで女性を家に入れなかったんでしょうか? あ、もしかして女性には興味がないアッチ
系の人ですか?」
花純が意外な発想をしたので、優香は声を出して笑った。
「アハハッ、花純ちゃんったら面白いー! でもねその予想はハズレよ! 壮馬さんは至って普通のノーマルなんだから」
優香はまだ可笑しそうに笑っている。
「だったらどうして? あの方絶対モテますよね?」
「うーん優斗さん曰く、家に女性を入れると相手が結婚を期待しちゃって面倒だからじゃないかって」
「結婚を? え、でもお付き合いしていれば、その先には結婚があるのは普通では?」
「そうなんだけれど、彼の場合抱えているものが大きいでしょう? 彼は高城不動産の次期社長だしね。それに彼は御曹司とい
う立場に甘んじることなくむしろ普通の社員よりも仕事に打ち込んでいるから、プライベートは静かに暮らしたいんじゃないの
かな?」
「そっか…でもだったら余計に謎です。なんで私を置いてくれるのでしょうか? 私は何度か言ったんですよ。ホテルに行きま
すって」
「そこなのよね。だから不思議だねって昨夜も優斗さんと話し込んじゃったのよ」
「…………」
花純は壮馬が何を考えているのか理解出来なかった。
花純がホテルへ行くからと言っても、壮馬はうんとは言わなかった。むしろそのまま家にいろと言った。
そこで花純はハッとする。
「もしかしたら私は女性として認識されていないのかもしれません。だからそのままいてもいいと仰ったのかも?」
「あはは、花純ちゃんったら面白い推理を立てるわね。でもそれだったらなおさらホテルでも良くない?」
そこで花純はピンとくる。
「あっ、そうだ! 分かりました。植物ですよ」
「植物?」
「はい。私が部屋で育てていた植物達を副社長の家に避難させてもらいました。結構な量あるんです。その世話は自分でしてく
れ的な事は言われました。だからです!」
花純は確信を持って言った。
「うーん? それくらいの事でこれまでの掟を破る人には見えないんだけどなぁ…」
優香は納得いかないといった様子で呟く。
そして続けた。
「家の中で壮馬さんはどんな感じだった?」
「熱でうなされていたので、私土曜日の記憶がないんです。で、日曜日の朝には朝食を作ってくれました。副社長のエプロン姿
は眼福でしたよー」
しみじみと言う花純の言葉を聞いて、優香はコーヒーを吹きそうになる。
「ハッ? あの壮馬さんがエプロンを着けて料理? うっそーっ!」
「本当です。オムレツは少しいびつでしたが美味しかったです」
花純はニコニコして言った。
それを聞いた優香は、目をまん丸に見開いて言う。
「信じられない! 凄いわ花純ちゃん!」
「凄い? 何がですか?」
「壮馬さんに朝食を作らせた女は、きっとあなたが最初で最後よ!」
「え? そうなんですか?」
「そうよ、びっくりだわー! それってかなりレアキャラよ。見たかったなー!」
「あ、だったら動画に撮っておけば良かったかなぁ…」
花純が真面目な顔をして言ったので、優香はまた声を出して笑った。
「あー楽しい! 面白過ぎて涙が出ちゃうわ。まあでも良かったわ。あ、火事は良くないけれど、花純ちゃんの事は壮馬さんが
しっかり世話してくれそうだから私も安心! じゃあそろそろ開店準備をしましょうか? 話の続きはまた仕事の合間にね!」
優香はそう言って椅子から立ち上がった。
コメント
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優香さんはお見通しだけど花純ちゃんは… 壮馬さんは14歳下の無自覚可憐な花純ちゃんが堪らなく可愛くてしょうがない💝 優香さんと優斗さんのトーク覗いてみたかった〜
「あの壮馬さんがね~ ....」と、優香さんと優斗さんがお酒を飲みながら盛り上がるようすを想像して 思わずニヤけてしまいます💕🤭 しかし 壮馬さんが花純ちゃんに対し特別な感情を抱いていることを 優香さんはとっくに気づいているのに、丁重に看病してもらった花純ちゃん本人は全く気づいていなのが面白いですね~🤭 その 無自覚、天然で清らかなところが、壮馬さんにとっては もう可愛くて堪らないのでしょうけれど....😍♥️
うんうん、優子さんの推察は大当たりです🎯 壮馬さんは花純ンにお任せしておけば🆗‼️ 単に花純ンも手放したくないのは捕獲して愛する為❣️ 壮馬さんもまだ朧げな気持ちなのでもう少ししたら自分の気持ちに気づくかなぁ〜(#^.^#)💕