そうですね、とうなづいて美南ちゃんが続けた。
「前はちょっと我か強いところはあったけれど、素直で明るくていいコだったのに…。やっぱりつらいところなのかな、芸能界って」
取り残されたように黙っていたわたしを気遣って、祥子さんが説明してくれた。
「びっくりしたでしょ?カンナはね、芸能界に入る前は、このお店でみんなと一緒に働いてくれてたの。ある日スカウトされて…あの子自身も華やかな世界で活躍することが夢だったから大喜びで承諾したのよね。1人減った店は忙しかったけれど、もしかしたらすぐに戻ってくるかも、なんてみんなどこかで思っていて、新しい子を受け入れる気も起きなくて…。でもあの子をテレビでしょっちゅう見かけるようになって、やっとみんな『カンナはちがう存在になった』って自覚して。それで新しい子を受け入れることにしたの。それが、日菜ちゃんよ」
わたし…。
そうか…だからわたしのことを無視したんだ…。
わたしがカンナちゃんの居場所を奪った存在だから…。
にらんできた時のカンナちゃんの顔が思い浮かんだ。
怖かったけど、どこか悲しそうだった…。
祥子さんと美南ちゃんは、まだカンナさんのことを話ししていた。
カンナさんとみんなには、わたしが知らない思い出と絆があるんだね…。
そして晴友くんには、きっとみんな以上の想いがある…。
なんだか、わたしひとりがのけ者になって気分だった。
ほんとうは…お店を出るのは、カンナさんじゃなくてわたしの方が良かったんじゃ…。
そう思うと胸が苦しくて、わたしはうつむきがちにカウンターに寄り掛かった。
あれ…?
ふと、影にメモ紙があるのに気づいた。
買い物リストだ。
晴友くん…忘れていったんだ。
ちょっとお店を出たい気分になっていたわたしは、
「晴友くんが忘れ物したみたいだから…届けに行ってくるね」
と言って店を出た。
※
晴友くんが行くとしたら、近くにある大型スーパーだ。
もうお店に着いちゃったかな…と、昼間の熱さが残る海岸沿いの通りを走った。
しばらくすると、アスファルトから発せられる陽炎の中で、男の子と女の子が立っているのが見えた。
とちらもすらりと背の高いふたりは、晴友くんとカンナさんだった。
わたしはとっさに建物の陰に身を隠した。
ふたりで会っているところなんて見たくなかった。
でも、なにを話しているのか気になって…。
良くないとわかっていても、わたしは息を殺して耳をそばだてた。
声は聞こえなかった。
けど雰囲気でわかる。なにか真剣な話をしているみたいだ…。
次の瞬間、わたしは信じられない光景を目にした。
カンナさんが晴友くんに抱きついて、キスをしたーーー。
晴友くんの右手が、支えるようにその腰に手を当てた…。
もたれかかるように、晴友くんの首に手を回すカンナさん。
チラリ
その時、カンナさんがこちらを見た。
わたしを、見たーーー。
優越的にも挑戦的にも見えるきれいな形の目が細められるのを見た瞬間、わたしは思わず視線そらしてしまった。
とたんに体中が熱くなった。
カンナさんは知っている。
わたしの気持ちを。
そして、わたしは認めてしまった。
カンナさんにはかなわない…って…。
とっさにわたしは走り出していた。
文字通り、逃げ出していたーーー。
※
晴友くんは、しばらくして戻って来た。
何食わぬ顔で、なんにもなかったみたいに。
カンナちゃんを抱きとめた晴友くん…。
売れっ子の芸能人であることを考えて平静を装っているのかな。
それとも、動じる必要もないほどに、ふたりの関係は当たり前のことなのかな…。
「日菜」
「え、っあ、はい!」
思いがけず話しかけれて飛び上がった。
晴友くんがまっすぐにわたしを見下ろしていた。
「悪かったな。カンナが…イヤな態度とって」
「え…」
「アイツのこと、気にするなよ」
思いかけないことばに、わたしはまじまじと晴友くんを見上げた。
気にする?
なにを?
カンナさんと晴友くんがキスを交わすくらいに想い合っていること…?
「う、うん、大丈夫。芸能人さんだもんね、いろいろ大変なことはあるよね。きっとみんなに会いたかったんだよね…」
にっこりわらった。
一生懸命の作り笑顔。
すると、ぽん、と晴友くんがわたしの頭を撫でた。
じん、となった。
こんなにやさしく頭を撫でてくれたのは初めてだったから…。
きゅっと甘く痛んだ胸は、どこかほろ苦さもあった。
わたしはじっと晴友くんを見上げた。
どうして。
どうしてカンナちゃんのことでそんなやさしい顔をするの…?
首が痛い。
背が高い、晴友くん。
きっと、わたしなんかが背伸びしたくらいじゃ、カンナさんのようにはキスできない…。
たった数十センチの距離。
あともう少し、と思っていたけれど、
それは、思った以上に遠くて。
きっと、もう、絶対に縮まることはない…。