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リビングの空気は冷たく、息が詰まるようだった。晃司がソファに腰かけ、頬を緩ませながら遥を見下ろす。颯馬はテレビの前に立ち、無邪気な笑い声を装いつつ、視線を遥から逸らさない。
「お、今日も元気そうじゃん、遥」
晃司の声は低く、笑みの裏に棘が潜んでいる。
「ちょっとは家族らしく振る舞えよ。誰かに甘えたって意味ないだろ」
遥は言葉を飲み込む。声を出せば、また罵られる。動けば、体に触れられる。小さな体を丸めて、肩を震わせながら床に座り込む。
「……やめろよ、そんな見方すんな」
颯馬が後ろから肩を掴む。力任せではない。軽く触れるだけで、遥の心臓は跳ね上がる。
「だって、おまえが逃げないからさ」
過去の記憶が、体の奥から浮かび上がる。蓮司のこと、日下部のこと。守られた感覚と、暴力に晒された感覚が、同時に胸を締め付ける。
「……なんでオレは……」
遥の声は小さく、喉の奥で砕ける。自分を守りたい、でも誰かに触れられると安心する――その矛盾が、いつも以上に痛い。
晃司が立ち上がり、ゆっくりと近づく。
「おまえ、そんな顔してると面白くねえな。もっと見せろよ、泣き顔」
颯馬が笑いながら、手を伸ばす。遥は肩をすくめ、体を縮める。
痛みと羞恥、恐怖が心を支配する。日下部の優しさの記憶も浮かぶが、それは今ここでは何の意味も持たない。身体が過去の虐待に引き戻され、心は矛盾と混乱に沈む。
「……やめろよ……お願いだ……」
言葉を絞り出す遥に、晃司は軽く鼻で笑う。
「お願いだって? おまえ、まだそんなの信じてんのか?」
颯馬も肩を叩き、冷ややかに付け加える。
「泣いたって誰も助けねえぞ。オレたち以外、誰もおまえのこと気にしてねえんだから」
遥は体を縮め、手で顔を覆う。泣きたいのに泣けない。怒りたいのに怒れない。自分を否定し続けてきた習慣が、今の痛みに深く結びつく。過去の支配が、無意識に心の芯まで入り込んでいる。
「……いやだ……いやだ……」
声が震え、涙が溢れる。心の奥底で、愛されることや普通の安心は、存在すら疑わしいものに思える。
晃司の低い声と颯馬の冷笑が、部屋を支配する中で、遥はただ膝を抱え、過去と現在の狭間で揺れ動いた。