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『——嬉しいよイレイラ。やっと僕を受け入れてくれるんだね』
満面の笑みでカイルが“私”に微笑んでいる。黒くて小さな私の両手を彼はギュッと握り、地味に肉球を指でプニプニしつつ、“私”の額にそっとキスをしてくれた。
カイルは普段と違って真っ白な礼服を着込んでいる。黒い髪は後ろに流す様にセットされていて、端整な顔がよく見えた。両耳の上から生える羊のような角は、七色に光る小さな宝石をシルバーチェーンに散りばめた装飾品で飾り付けされていて、シンプルなリースみたいでとてもオシャレだ。
黒曜石みたいに綺麗な瞳は熱を帯びながらしっかり私を見つめている。その事が何よりも嬉しい。
『イレイラにはこれを着けてもらうね。外したらダメだよ?』
そう言うカイルの手には、とても小さなティアラがあった。多くのダイヤをあしらったそれは、小さくても存在感があり、女性の夢が詰まったしつらえだ。
そのティアラには白いベールが着いていた。光の加減で多種多様な光を放って見えるそれは、花嫁が頭から被る物の様に見える。
(あぁ、まさか“私”相手でもこんな物まで用意してくれたのか…… )
そう思うと涙が出そうになった。
スッと頭をカイルに差し出し、着けてくれとアピールする。言葉は通じなくても彼ならきっとわかってくれる。予想通りカイルは、私の頭にティアラを乗せてベールで顔を軽く隠してくれた。魔法をかけて、動いたくらいでは落ちないオマケ付きで。
『あぁ……。とても綺麗だよ、イレイラ。もっと色々言ってあげたいのに…… 今の僕は幸せ過ぎて、言葉が出ないや』
顔を真っ赤にしながらカイルが言葉を詰まらせる。困った様な顔をしているが、幸福感で溢れてくれている事が伝わってきた。
お礼を言う代わりにカイルの手に頬擦りをする。すると彼は“私”を縦に抱き、立ち上がった。
『さぁ、式場まで行こうか』
その言葉に“私”は『ニャァ』と鳴いて答えた。
白に染まる長い廊下をカイルが“私”を抱えたまま歩いて行く。そして彼は、神殿内の最奥にある、各種儀式がある時にしか使用しない祈りの部屋までやって来た。
“私”が入るのは初めての場所だ。
こんな場所があったのかと周囲をキョロキョロ見渡していると、カイルがクスッと笑った。
『好奇心から走り回ったりとかはしないでね。今日はいい子で大人しくしてくれないと、このまま此処で君の事を喰べちゃうよ?』
キラッと鋭くカイルの目が光る。最近よく見る様になった、捕食者の様な目だ。正直死ぬのは怖いが、滅多に食事をしないカイルの空腹が満たせるのなら致し方ないと思う。でも食べては欲しくないのが本心なので、“私”はそのまま腕の中に居る事にした。
視線だけは周囲にやって様子を伺うと、とても高い位置に小さなシャンデリアが数多く飾られているのが見えた。“私”のサイズでは、天井が遥かに遠くにあるように感じる。
正面には祭壇があり、その奥には羊の角を持つ男性を連想させる絵を設えた大きなステンドグラスが飾られている。きっとこれはカイルのお父さんなのだろう。そこから入り込む光がとても綺麗で思わず手を伸ばしたくなった。
祭壇から入り口まで続く通路には赤い絨毯がひかれ、両サイドには木製のベンチがズラッと並び、一つ一つに花が飾られていた。そこから垂れるリボンがユラユラと揺れていて、掴みたい衝動を堪えるのが大変だ。
ハープで演奏したみたいな音楽が室内で静かに流れているが、誰かが楽器を演奏している様子が無いので、魔法具を使っているのかもしれない。
本日の参列者は三人とかなり少ない。『君を見せると減るから勿体ない』という理由で、国を挙げてのイベントにしなければいけないものを説得に説得を重ね、断ったそうだ。“神子”であるカイルと、“猫”である“私”との式なんか本音では誰も見たくはないだろうから、参加者が少ないのは正直有り難い。
神官のセナは承認役として参列させねば成らず、仕方がなかったらしい。 でも残りの二人、カイルと同じく“神子”であるハクとウィルの二人は飛び込みでの参加だった。
『こんな面白い事を見逃すと思うのか』と言われたらしい。
そうか、今から起こる事は『面白い事』なのか、と不思議な気持ちになる。
これから行われる儀式は“私” にとって初めての経験だ。もちろん、カイルにとっても、なのだが。
(『猫』として生まれたのに、本当にカイルは、“私”が相手でもいいのだろうか?)
赤い絨毯をカイルに連れられて進み、祭壇まであともう少しだというのに、そんな不安が心をよぎった。
『——さぁ、僕達の結婚式を始めようか』
この神殿の最高位の司祭でもあるカイルが、“私”に向かいそう告げる。もう、今更逃げる事は出来そうになかった。