「——トウヤ様……一生、 大事に致しますね」
熱の篭った瞳を向けられ、柊也の心がバクンッと跳ねた。
 (あ、あれ?…… 僕、もしかしてなんかやっちゃったんじゃないかな…… 。そうは思ったが、期待を裏切る発言は出来ない。もしかしたら勘違いかもしれないし。ど、どうしよう……)
 熱っぽい眼差しを向けられて柊也は返答に困った。握ってきているルナールの手はとても温かく、しかもちょっと震えている。
 「さてと、私はトウヤ様のお食事を受け取って来ますね。夜着などの着替えを用意してから行きますから、先にお風呂へどうぞ」
「一緒に行こうか?っていうか、着替えとか自分で用意出来るから気にしないで」
「いいえ、それらも私の仕事ですから」
ルナールはにっこり微笑むと、柊也から手を離し、立ち上がってテキパキと用意をし始めた。
「出来るのに……」
柊也がぼそっと呟いたが、ルナールは自身の尽くしたい欲求を優先し、彼の言葉をスルーした。
 甲斐甲斐しく世話をされ、何とか眠りについた次の日の朝。
ルナールにお世話をされながら身支度や朝食を済ませ、柊也達は朝一番にアイク村長の病院へと向かった。
「いやーおはよう、おはよう!いい朝の始まりだのう」
アイク村長は既に住居スペースから病院にまで来ており、手には二着の服を持っていた。
「おはようございます。ええ、本当に。とてもいい朝ですね」
柊也の返事に対し、アイク村長が満足そうに頷く。サンタの様な笑顔はとても優しく、柊也の心を和ませてくれるものだった。
 「『解呪』ってやつは、ほれ、病気の治療みたいなもんなんじゃろう?したらばこれを着るがいい」
 そう言ってアイク村長が柊也に服を差し出した。
「更衣室はこっちじゃて、来なさいな」
別に服はこのままでも……とは思っても、厚意を無下にするみたいでやっぱり言い難い。柊也はアイク村長に礼を言いつつ「——ありがとうございます」と少しぎこちない笑顔で受け取り、更衣室へと付いて行った。
 
 解呪をおこなう場所はアイク村長がメインとして使っている診察室の隣の部屋を借りる事になった。『いらない』と断れなかった柊也は白衣を、巻き込まれたルナールは水色をした看護師の制服を更衣室で着て、二人は己の姿に対し軽くため息をついた。
 着替えを済ませ、部屋にある鏡を見て、柊也は再びため息をついた。
残念な事に似合ってない。背の高い人から借りた白衣なので、まずサイズは合っていないし、長い袖は余っていて何回も折らないとダメだ。裾は引きずらないギリギリの長さで、お父さんの白衣を子供がふざけて着ているみたいだった。
「ごめん、ルナールまで。でも……そっちは似合ってるね」
そう言いながら、柊也はルナールの方に顔を向けた。
「ありがとうございます、トウヤ様」
半袖は心許ないのか、意味も無くルナールが袖を下に引っ張っている。長身で細身なのに筋肉はしっかりとついているルナールが看護師の制服を着る姿がとても新鮮で、柊也はすまなそうな顔をしつつも、内心はちょっとテンションが上がった。半袖の制服を着ているのを見るのも始めてだし、袖の下から見える二の腕なんか……ちょっとぶら下がってみたい何て感想を抱いてしまう自分は変だなと柊也は思った。
 (僕の格好とは雲泥の差だ)
 何度も折っている白衣の袖を見て、柊也が肩を落とす。そんな柊也の姿はルナールにはとても好ましく、落ち込む彼の頭を優しく撫でた。
「明日はきちんとしたサイズの物を用意いたしましょう」
「出来るの?」
柊也の顔がパッと明るくなった。
「えぇ、トウヤ様が望むのであれば何なりと」
「ありがとうルナール。このままじゃ、僕はお父さんの仕事着を勝手に着た子どもみたいだからさ。ルナールは……似合ってるけど、やっぱ隠れマッチョな感じがちょっと目立ちゃって、コスプレ感が拭えないね」
「こすぷれ、とは?」
言葉の意味がわからず、ルナールが首を傾げた。
「あー……えっと、別のお仕事をしている人の格好をする事、かな?」
漫画やアニメの登場人物とかの格好をしたりする意味などもあるのだが、それらは説明が面倒なので柊也は省いた。“など”の部分に興味を持たれるのも、ちょっと怖い。
「つまり、今の状況ですね」
「うん、そうなるね」
「一昨夜の踊り子の格好も、『コスプレ』とかいうものになるのですか?」
「うん。なると思うよ、僕等の本業は『踊り子』や『楽師』じゃないしね」
「確かに」
互いが互いの格好を改めて見て、くすっと笑った。
 「んじゃぁ……今回は、コツコツとやっていきますか」
腰に手を当てて柊也が背筋を正した。
更衣室から退室し、診察室へと歩き出す。そんな彼の後ろをついて行きながら、ルナールが「まぁ、普段の格好も……私からしたら『コスプレ』とかいうものなのですけどね」と呟いた。
「……今、なんか言った?」
「いいえ、何も」
聞き逃し、問いかけてきた柊也に対してルナールが笑顔を返す。先程の呟きを再度口にする気は全く無かった。
 
 アイク村長が普段使う診察室の隣に位置するこの部屋は、メインの部屋と瓜二つの作りになっているらしい。清潔感のある白い室内。シンプルな診察台には白いタオルが敷かれ、大きな机や二つの椅子といった具合に、柊也もよく知るお手本の様な診察室のデザインだった。窓の近くには壁の無い部分があり、村長がメインで使っている診察室へも室内から行き来出来るみたいだ。
柊也が座るであろう椅子の側にある机の上にはメモを取るための紙や羽ペンとインク。新品のカルテまで用意してあるが『……これをどうしろと?』と柊也は困った顔をした。
 「では、私は待合室の方々の中から呪われている者のみ、トウヤ様の待機する診察室へ案内していきますね」
先生用にと用意してある大きい皮製の椅子に座った柊也に向かい、ルナールが告げた。
「……あ、そっか!ルナールには呪いの印が見えるんだもんね。不調の原因が呪いじゃない人は、アイク村長に診てもらわないと治らないもんな」
「はい。……待合室に居る事でトウヤ様と半日以上離れてしまうのは心苦しいですが……仕事だと割り切る事にします」
肩を落としながら言われてしまい、柊也はどう答えるべきか反応に悩んだが「頑張って!」と声をかける事を選んだ。
 「診察開始時間になりましたので、患者さんをお通ししますねー」
黒目と睫毛が麗しい、リャマタイプの獣人看護師さんの一声が院内に響き、受付と診察が開始された。
「なんか無駄に緊張するんですけど……」
ただの学生でしかない柊也には、当然の様に人様を『診る』なんて経験は一度も無い。その為、今からそれに近い行為をするのだと考えるだけで変に緊張してしまう。相手にどう接していいのかもわからないし、いかにも先生っぽい真似をするのもなんだか『ごっこ遊び』みたいで恥ずかしい。【純なる子】はただそこに居るだけで解呪出来てしまう存在なのに、解呪という治療行為をする仕草などどうしたらいいんだ?と、今にも誰かが診察室に入ってくるかもしれない状況だというのに、柊也は思い付いてすらいなかった。
 「トウヤ様、一人目の方をお連れしました」
 診察室の引き戸が開き、ルナールと一緒に一人の老人が入って来た。人間化しているみたいで、この世界の人なのに尻尾などの獣人っぽさが無いというだけの一番害の無いタイプの状態だ。
「こちらを確認して下さい」
ルナールが柊也の耳元に顔を寄せ、小声で囁きながら一枚のメモを渡してきた。とても綺麗で、印刷でもしたかの様な几帳面な文字で老人の名前と一緒に『人間化』と短く書かれているメモを見て、柊也が「ありがとう」と礼を言った。
 「そちらの席へお座り下さい」
丸椅子を指差し、柊也が老人に座る様促す。
「えっと……『今日はどうされましたか?』」
ど素人が本物の医者の真似は恥ずかしい!と思いながらも、結局頼りになるのは、病院で会った事のあるお医者さんの記憶しかなく、患者がまず最初に言われそうな台詞を柊也は口にした。
「実はですね、突然自慢の尻尾が……な、無くなりまして……」
柊也よりも小柄の老人がとても悲しそうな顔で説明を始めた。獣耳があったであろう場所を何度も触り、落ち着かない様子だ。
「『なるほど、それはいつからですか?』」
全く必要も無いのに、机にあったカルテの用紙に老人の言葉を柊也が書いていく。名前などの部分はルナールのくれたメモをそのまま写した。
「四日前くらいからです」
「わかりました。では、解呪しましょう」
「お願いします!」
老人に声をかけ、右腕にしている銀色のブレスレッドを外す。金のブレスレッドを着けてしまうと院内の全てを一気に解呪出来てしまうので、柊也は素手のまま老人の頭にそっと手をかざした。光ったり、音がしたりなども視覚的・聴覚的な演出も無く老人の呪いがスッと消える。今まで何も無かったはずの頭からトイプードルの様なふわふわの可愛い耳が生え、お尻からも尻尾が生えたのか、ズボンがキツそうに膨らんだ。
 「……お?おぉ、おおおっ!ありがとうございます、【純なる子】よぉ」
 獣耳に触れ、ズボンの中の尻尾を専用の穴に通した老人が、目を輝かせて柊也に礼を言った。尻尾がブンブンと元気に揺れていて、千切れて飛んでいってしまいそうな勢いだ。
「どういたしまして」
老人なのに妙に愛らしい雰囲気を撒き散らしながら感謝され、柊也の心がほんわか気分になり癒される。まるでペットセラピーを受けたみたいな気分だ。『トイプードルタイプの獣人さん……恐るべし!』と柊也は心の中で叫んだ。
「ではお大事にして下さいね」
軽く手を振り、退室を促す。何度も頭を下げながら老人が診察室を出ると、次の人がルナールと一緒に入って来た。
 「『今日はどうされましたか?』」
「耳がぁ耳がぁ!——」
先程の老人としたようなやり取りを再びし、柊也が入室したお婆さんの呪いを解いていく。ほとんどの獣人達にかかる呪いは人間化ばかりなので、『診察のやり取りも先の二人の様に同じ事の繰り返しになるかな?きっとこの治療っぽい解呪行為はサクサクと終わっていくだろう』と柊也は思っていたのだが……残念ながらその考えは甘かった。
 「あのね、うちの孫がね——」
「昨日獲れた魚の事なんだけどねぇ——」
「ウチの息子の嫁が!」
 ——など、呪いと関係の無い話を始める年配者が多く、柊也はひたすらに自分とは無関係で知らない人の話を延々と、代わる代わる聞かされ続けた。
 (あれ?僕って呪いを解く為に此処に居るんだったよね?これってカウンセリングって事になるの?それとも、ただ暇人の餌食にされてるだけかな?)
 ニコニコと笑って話を聞いてはいるが、『柊也は参ったなぁ……』とずっと思っていた。名前を言われても誰の事かもわからないし、内輪の話をされても、異世界から来ただ何だ関係無く、知りようが無い為全くついていけない。上手い具合に話を本筋に戻すのにも慣れていないせいで難しい。だが、放っておけば勝手に喋ってくれているからウンウンと頷いているだけで相手が満足してくれるので、『もうそれでいいかぁ』と柊也は思い始めてきた。
 皆の前で踊ったり、診察と称してご老人達の雑談の相手をしたり……【純なる子】って、結局何なんだろう?——と、 この行為のせいで、当人である柊也が一番理解出来なくなってしまったのだった。
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