その日の朝、葉月はベッドの下で何かが暴れている音で目が覚めた。目が覚めたというよりも、この場合はあまりの騒々しさに無理矢理に起こされたと言った方が正しい。
ドタドタッ、バサッ、ピィ、バタバタッ
「な、何っ?!」
バタバタと何かが走り回っている足音と、慌てふためいてバタつかせている何かの羽音と、時々聞こえてくる鳥の悲痛な鳴き声。どちらも間違いなく今横たわっているベッドの真下から聞こえて来ていた。
ビクビクしながら顔を突っ込んで覗いてみると、そこに居たのは愛猫と瀕死の小鳥。ベッドの下には鳥の羽が散乱している大惨状だった。くーに口で加えられてたり追いかけられたりして弄ばれていた鳥は力なく鳴き、時折は抗うように羽をバタつかせたりしていたが、葉月が茫然とただ見ているだけしかできないでいる内に、ピクリとも動かなくなってしまった。
「みゃーん」
小鳥が動かないのを確認するかのように、くーは前足でちょいちょいと突いていた。
「狩り、してきたの……?」
「みゃーん」
元の世界ではくーは完全な家猫で外に出すことは一切なかったから、葉月もこれまでは一度も経験したことは無かった。でも、外と中を自由に出入りできる環境に育っている猫達ではよくあることだとは聞いたことはあった。
猫は自分で取って来た虫や小動物を飼い主の元に運んでいることがある。
『猫のおみやげ』
貢物やプレゼント、なんて言い方もするようだ。死骸だったり、瀕死状態だったり解体中だったりと獲物はいろいろあるみたいだけれど、共通して言われているのは持ってくる時の猫はドヤ顔。
(こ、これかぁ……)
猫飼い歴10年以上でも経験したことがなかったのに、まさか異世界に来て遭遇できるとは。ちょっとした感慨深さと同時に、この散らかったベッド下をどうしようかと頭を抱える。解体されて血まみれになってないだけ、まだマシなのかもしれないが。カーペットの上で解体されてシミになったという話もよく聞くし。
まさに自信満々のドヤ顔で長い尻尾をピンと伸ばしながら、くーは動かなくなった小鳥をくわえてベッド下から出て来た。そして、それを飼い主の目の前に置いてみせて、ご機嫌そうに喉をゴロゴロと鳴らした。
思わず褒めてあげたくなったが、変に反応したりすると貢物を繰り返されると聞いたことがあるので、ぐっと我慢する。飼い主の為にと思っての猫的な行動らしいけれど、何度もやられるのはありがた迷惑だ。朝からこれは心臓が持たない……。
褒められ待ちの愛猫を心を鬼にスルーして、片付ける為に箒を借りてから、マーサに要らない袋でも貰ってこようと身支度する。
くーもしばらく小鳥をつついたりしていたが、すぐに飽きたのか興味なさげに毛繕いを始めていた。少し暴れたせいで毛並みも荒れている。小鳥の死骸は部屋の床上に放置されたままだった。
一体どこから狩ってきたのやら……。
「あら。くーちゃんならよく出てるわよ」
「え、結界の外にですか?」
ベルの張っている結界があるので、ブリッド以外の鳥は館の敷地内には入ってこれない。なので、外で狩って来たのだろうと思って朝食時にベルに確認したところ、葉月にとっては心配極まりない答えが返って来た。
「そうね。割と早くに出てる時が多いから、朝食後のお散歩かと思ってたわ」
そう言われると思い当たる節もある。マーサに朝ご飯を貰ってから二度寝しに戻って来た時のくーは、少し土とか草っぽい匂いがすることがあった。てっきり館の庭をウロウロしてきたくらいかと思っていたら、まさか魔の森をうろついていたとは……。
今のくーなら迷ったり怪我をしたりするようなことはなさそうだけれど、やっぱり一匹で外に出てしまうのは心配だ。言っても聞かないかもしれないけど、念の為に後で言い聞かせてみようと葉月は心に決めた。
「そうそう。今日、クロードが来てたから、後で街に乗せてってもらうことになったわ」
「え、今日?」
「ええ。あまり機嫌が良くないみたいだから、注意しないとだけど」
こないだブリッドが花壇を荒らしてたのが見つかってしまって、朝から長々と小言を聞かされたとベルはうんざりと嘆いていた。大きな鳥の足跡がくっきりと残っていたから、すぐにバレたらしい。
昼食後、葉月は以前にベルからプレゼントしてもらったワンピースに着替えて館の外に出た。部屋で眠っている猫にはお利口に留守番していることと、あまり結界の外には出ないことを言い聞かせたけれど、分かってくれたかの自信はあまりない。
「先に言ってくれてたら、ちゃんとしたやつで来たのに」
「いいえ、これで十分よ。たまには荷馬車も楽しそうだわ」
「十分な訳あるかい。バレたら俺が怒られるわい」
いつもの荷物運び用の荷馬車で来ていたから、一旦戻って馬車に乗り換えてくると言い張っている庭師をベルは必死で宥めていた。
少しでも早く出たいというのもあったが、クロードが馬車を取りに行くとなると、彼女達が街に出ていくことが領主に筒抜けになる恐れもある。着いた途端に本邸に呼び出されるコースだけは絶対に避けたい。だって面倒だから。
クロードに前もって伝えておかなかったのも同じ理由だ。
「仕方ないな。次からはちゃんと言っておいてくれよ」
「ええ。分かってるわ」
分かってても絶対に言わないんだろうな、と心の中で思いながら、老人は諦めたように溜息をついた。
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