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柊と手を繋いだ花梨は、ふわふわした気分のままマンションに到着した。

そして、部屋の前まで行くと、柊を中に入れた。


(お客様用のスリッパを買っておいてよかった……)


引っ越してすぐに揃えた客用のスリッパが、こんなにすぐ役立つとは思っていなかった。


リビングへ通された柊は、部屋を見回しながら言った。


「なかなかいい部屋だな。想像よりも広いし」

「はい。それに、大通りに面しているわりに静かなんです」

「合わせガラスを使ってるのか?」


柊は窓辺へ近づき、レースのカーテンを開けて窓を確認した。


「やっぱりそうか……。必要な部分にきちんとコストをかけている物件は、ポイントが高いな」

「はい、当たりでした。あ、どうぞ座ってください」


花梨は柊のコートとジャケットを受け取り、ハンガーにかける。

それから、すぐにキッチンへ行き、お茶の用意を始めた。

お湯が沸くまでの間、スーパーで買った食材を袋から取り出す。


柊はソファに座り、リビングテーブルの上にあった雑誌を手に取り、パラパラとめくり始める。

それは、不動産投資の記事が載った週刊誌だった。


「こんな雑誌も読むんだ」

「はい。業界に関することは、一応把握しておきたいので」

「なるほど。じゃあ、動画サイトなんかもチェックしてる?」

「もちろんしてます。今は、かなり見応えのある不動産情報番組も多いですからね」

「そうだね」


柊はそう言って、雑誌の特集記事を読み始めた。


花梨がお茶を持って行くと、


「ありがとう」


と言って、お茶を一口飲む。

誰かにお茶を渡して「ありがとう」と言われたのは久しぶりだったので、花梨は新鮮な気持ちになった。


花梨がキッチンへ戻ると、柊が尋ねた。


「俺も手伝うよ」

「大丈夫です。簡単なものしか作りませんから」

「悪いな……。じゃあ、ニュースつけてもいい?」

「どうぞ」


ちょうど時刻は七時。

静まり返ったリビングに、ニュースの音が響き始める。

柊がテレビと雑誌を見ている間、花梨は手際よく夕食の準備を進めた。


一時間後、ダイニングテーブルの上にはぶりの照り焼き、きんぴらごぼう、炒ったちりめんじゃこと白ごまと海苔を載せた大根のシャキシャキサラダ、そして先ほど買った刺身の盛り合わせが並ぶ。

花梨はさらに、常備していたクラッカーに生ハムやチーズを載せたカナッペも添えた。


食事の準備が整うと、二人は小さなテーブルに向かい合い、食事を始めた。

まずは、先ほど買った刺身とカナッペでワインを楽しむ。


「値下げ品なのに、新鮮で美味いな」

「あのスーパーのお魚は、いつも鮮度がいいんです」


テーブルに並んだ料理を眺めながら、柊が言った。


「花梨は料理が得意なんだな。短時間でパパッとこれだけ作れるし」

「ごく普通の料理しか作れませんけど」

「普通が一番いいんだよ」


柊は微笑み、嬉しそうに他の料理にも箸を伸ばした。


あまりにも美味しかったのか、柊はご飯をおかわりした。

美味しい料理とともに、ワインも進む。

テレビにはいつの間にかお笑い番組が流れていて、二人はそれを見ながら時折笑い声を上げた。


「ご馳走様! すごく美味しかったよ。こんな料理なら、毎日でも食べたいな」


何気なく言った柊の言葉に、花梨はドキッとした。

それと同時に、昔、卓也に言われた言葉を思い出す。


『花梨の料理は最高だな! こんな美味い料理なら毎日でも食べたいよ。ねえ、俺たち、同棲しない?』


柊に褒められて素直に嬉しかったはずなのに、花梨の心にはどす黒い感情が広がっていく。


(誰だって最初はそう言うのよ。でも、段々熱が冷めてくると、そんな気持ちはどこへやら……ふふっ、バカみたい)


急に暗い表情になった花梨に、柊が気づいた。


「どうした?」

「え? あ、いえ、なんでもないです」

「そう? ならいいけど」

「じゃあ片付けちゃいますので、課長はソファでくつろいでいてください。後でコーヒー淹れますから」

「片付けは俺がやるよ」

「え? 大丈夫ですよ」

「いいから……花梨は座ってて」


柊はそう言って、手慣れた様子で食器類をシンクに運び始める。

それを見た花梨は、一緒に食器を運んだ。

すべて運び終えたところで、再び柊が言った。


「さ、君はあっちあっち! エプロン借りるよ」

「え、でも……」

「いいから」


花梨は背中を押されてソファの傍まで連れて行かれ、仕方なく腰を下ろす。

キッチンにいる柊を見ると、いつも会社で険しい顔をしている彼が、花梨のお気に入りのリネンのエプロンをつけてシンクの前に立っていた。

その光景があまりにも可笑しくて、花梨は思わずフフッと笑った。

そして、傍にあったバッグから携帯を取り出すと、


「課長!」


と声をかけ、写真を一枚撮った。


「おいおい、会社では見せるなよな」

「大丈夫です! 絶対に見せませんから!」

「……ったく、俺が食器を洗ってるのがそんなに可笑しいか?」

「ふふっ、なんか間違い探しみたいで面白いです」

「俺は普通に家でも自炊するし、片付けだってするぞ」

「ああ、だから手慣れてるんですね」

「そういうこと」


柊は魅力的な笑顔を花梨に向けると、再び手元へ視線を落とし、食器を洗い続けた。

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