第5話:制御のはじまり
翌日の放課後、拓真は学校裏の香波練習場に立っていた。
グラウンドの端にあるガラス張りの施設で、香波者用に空気清浄機と濃度計が備えられている。壁面には「公共施設での赤香波使用は許可制」という注意書き。香波社会では、強い波は制御訓練の場所以外で使うと罰金の対象になるのだ。
「昨日のは上出来だったが、まだ偶発的だ」
庭井蓮が抑制バンドを外し、ジャージ姿で拓真の前に立った。
鍛えられた肩幅、長い脚。結んだ黒髪から覗く琥珀色の瞳が、照明を受けて鋭く光る。
「今日は安定して赤を出す練習だ。まずは緑から黄、黄から橙、そして赤までを滑らかに繋げろ」
拓真は黒いトレーナーとジャージ姿。少し痩せ気味の体だが、最近は訓練のおかげで肩や腕が引き締まってきた。深呼吸をして、脂腺から香波を解き放つ。淡い緑が視界に広がる。
「気持ちは?」
「……守りたいって気持ち」
「それじゃ足りない。攻める決意を混ぜろ」
蓮の声に、拓真は昨日の路地の光景を思い出す。赤香波の暴走、膝をついた男、そして守れた安堵——その全てを燃料にする。
緑が黄に、黄が橙に、そしてじわじわと赤に染まっていく。濃度計の数値が上昇し、室内の空気が少し熱を帯びた。
「止めろ」
蓮の声で拓真は波を解いた。
全身から汗が流れる。だが、さっきの赤は昨日より長く保てた。
「いいじゃねえか。お前の赤、少しずつ形になってきてる」
蓮は珍しく、口元をわずかに緩めた。
施設の外では、他の香波者たちが練習を終えて帰っていく。青や紫の淡い波が夕闇に溶け、街灯の下で緑や黄の波が交差する。
その光景を見ながら、拓真は思った。
——いつかこの街で、自分の波を胸を張って広げられる日が来る。