テラーノベル
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夜も更け、父と母が寝静まった諏訪部家は、水を打ったような静けさに包まれていた。
障子の隙間から差し込む月明かりだけが、薄暗い部屋をぼんやりと照らしている。
勇は足音を忍ばせながら、弟と妹のもとへ向かった。
「おい! みんな!」
その小さな呼びかけに、弟が目を覚ます。
「兄ちゃん?」
続いて妹も眠そうに目をこすった。
「ど、どうしたの?」
勇は懐から大切そうに包みを取り出すと、二人の前へ差し出した。
「これ・・・食べろ」
包みの中には、羊羹が入っていた。
勇が自分の分として貰っていた、貴重なおやつだった。
弟は驚いたように羊羹と勇の顔を見比べる。
「い、いいの?」
「ああ、食べろ!」
妹も遠慮がちに尋ねた。
「に、兄ちゃんは?」
勇は照れくさそうに笑う。
「お、俺は、も、もう食べたから気にするな」
もちろん嘘だった。
それでも二人に食べさせたかった。
母に逆らえず味方になってやれない分、これくらいはしてやりたかった。
弟と妹は顔を見合わせると、小さく頷いた。
「ありがとう」
生まれて初めて口にする羊羹。
二人は宝物でも味わうように、少しずつ、少しずつ噛み締めながら口へ運ぶ。
甘さが口いっぱいに広がる。
その幸せそうな表情を見て、勇も自然と笑みを浮かべた。
「うまいか?」
弟は目に涙を浮かべながら頷く。
「うん・・・ぐすっ・・うまいよ・・・」
妹も嬉しそうに笑った。
「うまい・・うまいよ・・兄ちゃん・・ぐすっ」
勇は安心したように息を吐く。
「そうか・・・」
そして、少し得意げな顔で胸を張った。
「また持って来てやるからな
今度はアレだ! きゃらめる!
きゃらめるを持って来てやるよ!」
弟は首を傾げる。
「きゃらめる?」
妹も不思議そうな顔をする。
「それ・・・なに?」
勇は目を輝かせた。
「羊羹以上に甘いお菓子だ!」
「ほんとに!?」
妹の瞳が期待で輝く。
その約束を胸に刻みながら勇は大きく頷いた。
◇ ◇ ◇
それから数日が経過した頃、家の中に母親の怒鳴り声が響き渡っていた。
「無い! どこにも無い!
ここに置いといた筈なのに無い!
どこにいったんだい!」
勇は慌てて駆け寄る。
「おっかあ?どうしたの?」
母親は苛立ちを隠そうともせず叫んだ。
「ここに置いといた羊羹と
きゃらめるがどこにも無いんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、勇の身体が強張る。
心臓が大きく跳ねた。
以前のことが脳裏によみがえる。
母親は鋭い目で勇を見据えた。
「勇? お前・・・知らないかい?」
勇は喉を鳴らし、震える声で答えようとする。
「あ、そ、それなら、お、俺が──」
俺が全部食べたんだ。そう言いたかった。
しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
母親は何かに気付いたように目を見開く。
「ま、まさかアイツらが!」
勇は慌てて首を振る。
「いや、ち、違うんだ!あれは──」
しかし母は勇の言葉に耳を貸さず、弟と妹を鋭く睨みつけた。
「お前たち!」
突然怒鳴られ、弟と妹は肩を震わせる。
「は、はい・・・」
「な、何ですか?」
母親は一歩前へ出ると、低く責め立てた。
「アンタら・・奴隷の分際でよくも勝手に
羊羹ときゃらめるを盗んでくれたね?」
その言葉に、弟は青ざめる。
「あ、あれは──」
言いかけたその時だった。
勇が二人の前へ飛び出した。
「待ってよ、おっかあ!」
必死に母親を見つめ、震える声で叫ぶ。
「アレは、アレは俺が食べたんだよ!」
妹は思わず勇を見つめた。
(兄ちゃん・・・)
母親は目を細める。
「アンタが?」
「そうだ! 俺が勝手に食べたんだ!」
勇は必死に頷く。
「こいつらは何も──」
しかし母親は勇の言葉を遮った。
「お前・・・もしかして
こいつらの事庇ってないかい?」
勇の喉が詰まる。
「い、いや、俺は・・・」
母親は弟妹を指差しながら冷たく言い放った。
「忘れたのかい?こいつらは奴隷!」
それから勇の目をまっすぐ見ながら続ける。
「それに奴隷制度を拒否した
奴らが家を焼かれた!忘れちまったのかい?」
勇は何も言い返せない。
「い、いや・・・それは」
母親はさらに畳みかける。
「お前がもし庇ってるんなら
私たちも家を焼かれちまうんだ!
みんな死んじまうんだよ!」
その言葉は、勇の胸を深く締めつけた。
家族を守りたい。しかし弟と妹も同じ様に守りたい。
だが、その二つは同時には叶わない。
母親は静かに問いかける。
「そうなりたいのかい?」
勇は俯いたまま黙り込む。
重苦しい沈黙だけが部屋を支配した。
やがて母親が口を開く。
「どうなんだい? 羊羹ときゃらめる
本当は誰が食べたんだい?」
勇の肩が小刻みに震える。
唇を強く噛み締め、拳を握りしめる。
そして堪えていた涙が頬を伝った。
勇は震える指をゆっくりと持ち上げる。
その指先が、弟と妹を指した。
「こ、こいつらが・・食べた・・・」
弟も妹も、何も言えなかった。
勇の涙を見つめることしかできなかった。
母親は小さく頷く。
「やっぱりね・・・アンタらよくも!」
怒声が部屋中に響き渡る。
その後、弟妹は母親から激しい暴行を受けた。
勇はその光景をただ見つめることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
その後、勇は母から暴行を受けた弟妹に、ただ頭を下げるしかできなかった。
「ごめんな・・俺が勝手なことしたばっかりに」
勇は涙を流しながら頭を下げる。
「ううん・・いいんだ兄ちゃん」
「私たち・・奴隷だから仕方ないんだ」
弟妹はぎこちない笑みを作って見せた。
「本当にごめん・・・」
コメント
1件
みぅです🤍 今回のエピソード、胸がぎゅっとなった……。勇くんが弟妹に羊羹をあげる優しさと、最後に指をささざるを得なかった苦しさが、重なるように響いてきたよ。自分を守るために大事な人を裏切る選択、その後の「ごめんな」がすごく切なかった。勇くんの気持ちも、母の理不尽さも、どっちもリアルで、読んでて苦しくなったけど、それだけ物語に引き込まれたってことだね。次が気になる……🌙
#普通
野々さくら
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ありあ
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