テラーノベル
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──第二層・神殿跡からの逃走経路。
ゴォォォォォォッ!!
「エストちゃん、しっかり掴まっていてください!」
「う、うん……っ!」
私は今、巨大な火竜になった辰美の背中に乗って、
ダンジョンの通路を飛んでいる。
「うぅ……ひっく……お姉ちゃん……」
涙が止まらない。
声を出したら、もっと悲しくなっちゃうから、
必死に声を殺して泣いていた。
「……サクラさん……辰夫さん……っ!」
辰美の大きな瞳からも、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちて、
後ろへ飛んでいく。
お姉ちゃんたちを置いて逃げてるんだって思うと、
胸の奥がきゅーっと痛くなった。
「うぅ……サクラのバカ……! また置いていきやがって……!」
ツバキお姉ちゃんが辰美の鱗にしがみつきながら、
お顔をくしゃくしゃにして泣いている。
「サクラ……死んじゃやだ……うどん、奢るからぁ……っ」
カエデお姉ちゃんも『ウィルソン』って名前の石を握りしめて、
鼻水をすすっていた。
「『聖女と勇者、涙と共に友の魂を天へ送る』……っ!」
ローザさんだけは、すごい風圧の中でなぜか猛スピードでメモを取っている。
──お姉ちゃんがいない。辰夫さんもいない。
みんな、すごく悲しくて、絶望してて……
空気がとっても重くて暗かった。
──その時だった。
ズゥゥゥゥゥン……ッ!!!!!
「えッ!?」
後ろ──
お姉ちゃんたちが残ってる神殿の方から、
ダンジョン全体がぐらぐら揺れるみたいな、
すっごく怖い魔力が爆発した。
「な、なんですか今の振動!? ダンジョンが……崩れる!?」
辰美が悲鳴を上げる。
「……お姉ちゃんだ」
私が呟くと──
「うん。あれサクラだね」
「うん。怒ってるね。終わったね」
カエデお姉ちゃんとツバキお姉ちゃんが続いた。
その直後。
私たちが飛んでいた通路の天井がガラガラと崩落し、
巨大な岩の雨が降ってきた!
「危ないッ!!」
辰美が空中で体を捻って、私たちを庇ってくれた。
でも──
ガァァンッ!!
「きゃあああッ!?」
「辰美!?」
巨大な瓦礫が直撃──!!
辰美の大きな右翼が嫌な音を立てて折れ曲がってしまった。
同時に、通路の床の空間がガラスみたいにパリンッて音を立てて砕け散った。
辰美が完全にバランスを崩す。
砕けた空間の下には、底が見えないくらい真っ黒な大穴──
“奈落”が、大きな口を開けて待っていた。
「翼が……っ! ごめんなさい、もう飛べません!!」
「え?」
私は反射的に、辰美の鱗にしがみついた。
指に力が入りすぎて、爪が食い込む。
そして、ツバキお姉ちゃんが一瞬、固まったあと──
「待て……その言葉は禁句だ。
“飛べぬ”などと口にした瞬間、
運命は奈落への落下を確定させ──」
その表情が崩れ──
「──落ちたくない!!いやぁあああ!?」
ツバキお姉ちゃんの全身がビクンと跳ねて、慌てて両腕を振り回す。
「……え?ぇえええええ!?」
カエデお姉ちゃんはきょとんとしたまま、
ワンテンポ遅れて、ぎゅっと『ウィルソン』を胸に抱きしめた。
──体が、ふわっと浮いた。
ヒュォォォォォォォォォ!!!!!
私たち全員、仲良くまとまって “奈落の底” に向かって真っ逆さまに落ち始めた!
「ごめんなさい! サクラさんに顔向けできないぃぃぃ!」
辰美が血を流しながら泣き叫んでいる。
その時、ツバキお姉ちゃんがカエデお姉ちゃんに叫んだ。
「カエデぇぇぇ!! ごめん!!!
あの時プリン勝手に食べたの私ぃぃぃ!!」
「え!? なにツバキ!? 今それ言う!?」
「死ぬかもだから清算したいの!!」
「……あ、じゃあ私も言うね」
「え?」
「ツバキのスマホの顔認証に私も登録してるの。
検索履歴とか写真とか全部見てる。三年くらい」
「……マジで……? 終わりだよこの友情!!!」
「あ、あと──」
「ま、まだあるの!?聞きたくない!!」
「たまにツイッチャーの“いいね”とか押してた」
カエデお姉ちゃんがニコッと笑う。
「もはや犯罪!!」
ツバキお姉ちゃんが叫んだ。
ローザさんも口を開いた。
「『聖女様、天へ昇らず奈落へ真っ逆さま』……っと……あれ?」
……ローザさんのペン先が、一瞬だけ止まる。
「……興味深い。恐怖より先に“記録欲”が来るんですね、私」
そう呟いて、また書き始めた。
「もうそれ病気だよローザ!?」
ツバキお姉ちゃんとローザさんがこの状況でもいつも通りだ。
その時、サクラお姉ちゃんの言葉を思い出した。
(──あ! そうだ!!)
「みんな大丈夫だよ!落ち着いて!!」
「え? エスト何か方法あるのーーー!?」
ツバキお姉ちゃんが必死な形相で聞き返してきた。
「サクラお姉ちゃんが教えてくれたの!!
高いところから落ちたら五点着地するの!
左足・右足・左手・右手・オデコ!!
たんたんたんたんたん!!のリズム!!」
私はオデコをさすった。
(よし!……いける!!)
「五点、着地……?
確かにオデコは一番硬い骨と言われてる……!!
いけます!!いけますよこれ!!」
辰美が私を見つめ、涙目のままグッと親指を立てた。
私は、辰美に向かってこくんと頷いた。
ツバキお姉ちゃんが、ゆっくりと私と辰美を見た。
そして、もう一度見て、口を開いた。
「……バカしかいないの……ここ?」
*
ゴオォォォォォォォォォォォッ!!!
耳を劈くような、すさまじい風切り音。
……怖い。
真っ暗で、どこまで落ちるのかわからない。
このまま落ちたら、みんなペシャンコで死んじゃう。
……嫌だ。
(死にたくない。みんなを、死なせたくない……ッ!)
私はぎゅっと目を瞑って、両手を胸の前で強く組み合わせた。
(お姉ちゃん、助けて……っ! いや、違う!)
私がお姉ちゃんたちを守るんだ!
──その瞬間。
私の胸の中が、ぎゅっと熱くなって──
次の瞬間、なにかが溢れた。
ぽわぁん……っ。
「……え?」
ツバキお姉ちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
風の音が、急に止んだ。
目を開けると、私たちの周りを
“真っ黒で、でもどこか温かいシャボン玉” みたいな結界が包み込んでいた。
「なにこれ……ふわふわしてる……」
カエデお姉ちゃんが結界の壁をぷにぷにと突っついている。
「エ、エストちゃん……? これは、あなたが……?」
辰美が驚いた目で私を見た。
「わかんない……でも、なんか出た……!」
私はホッと息を吐き出した。
「『幼き魔王、無意識の奇跡で我らを救う』……ッ!!」
ローザさんのペンが止まらない。
「あ、危なかったぁ……死ぬかと思った……」
ツバキお姉ちゃんが結界の底にへたり込んで、ぜぇぜぇと息をしている。
「え、これさ──」
ツバキお姉ちゃんが結界の外を指さした。
「落ちてる“速度”、おかしくない?」
「え?」
私は思わず声を漏らした。
……ホントだ……遅い。
さっきまで耳がちぎれそうだった風の音が、
今は、ふわふわって撫でるみたいに優しくなってる。
猛スピードだった落下が、まるで羽毛が舞い落ちるみたいに、
ゆっくり、ゆっくりに変わっていた。
外の瓦礫。
さっきまで同じスピードで落ちてたはずなのに──
私たちだけ、遅い。
それ以外は、全部、普通に落ちてる。
「……なにそれ」
ツバキお姉ちゃんが眉をひそめた。
……ゆっくりと降りていく結界の中。
下を見ても、真っ暗で何も見えない。
お姉ちゃんたちがどうなったのかも、
ここにいるのかどうかも、私にはわからない。
「……お姉ちゃん、生きてるかな」
違う。
違う、違う違う。
(私が……置いてきたんだ)
あの時、手を伸ばせばよかった。
呼べばよかった。
──連れてこれたかもしれないのに。
「お姉ちゃん、ごめん……っ」
「絶対生きてるよ。サクラだもん。
あのサクラが、私たちを置いて勝手に死ぬわけないよ」
私がぽつりとこぼすと、カエデお姉ちゃんが優しく頭を撫でてくれた。
「ククク……そうだ。
あの悪鬼が、こんな闇ごときに喰われるはずがない……」
ツバキお姉ちゃんも、強がって包帯を押さえながら笑ってくれた。
「うん……そうだよね!」
私は涙を拭いて、真っ暗な奈落の底をじっと見つめた。
お姉ちゃんがどこにいるかわからない。
でも、生きてさえいれば、絶対にまた会える。
「待っててね、お姉ちゃん! 今、私たちがそっちに行くから!」
私は暗闇に向かって、叫んだ。
「ちょっと! これ、いつ下に着くの!? どれくらい深いのよ!?」
ツバキお姉ちゃんが声を裏返らせた。
「ツバキ、さっきからうるさいよ!落ち着いて!」
カエデお姉ちゃんがリュックからおにぎり出して食べながら言った。
「おにぎり!? ……え?
この状況でおにぎり!?
……やっぱり、おにぎりィ!!」
ツバキお姉ちゃんがおにぎりを三度見した。
相変わらず騒がしいツバキお姉ちゃんと、
マイペースなカエデお姉ちゃんの声と一緒に──下を見た。
何も見えない。
でも──底から、二つの「何か」が私を引っ張っていた。
一つは、わかる。
お姉ちゃんの匂いに、少し似てる。
もう一つは──
わからない。
でも、私の血が「知ってる」って言ってた。
ずっと昔から、知ってたみたいに。
怖い、とは違う。
「来い」って言われてる感じ。
だから私は、目が離せなかった。
私たちは、どこまでも続く暗黒の奈落の底へと──
ゆっくりと吸い込まれていった。
「五点着地必要無かったね」
「それしたら死んでる!!」
ツバキお姉ちゃんのツッコミが、暗闇に響いた。
(つづく)
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