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(なぜ……あんなに怯えたような表情を……したんだ?)
圭は、『俺と一緒に入ってもいいんだぞ?』と言った時の、美花の恐怖心を覗かせた表情が引っ掛かっている。
もちろん、冗談で言ったつもりだった。
彼女なら、頬を染めらせながら『はっ……恥ずかしいよぉ』と言い返してくると思っていたのに。
だが彼女は狼狽しつつ、静かに、かつ毅然と何かを拒否するように、圭には見えた。
『これ以上、私のテリトリーに入ってこないで』と言うように。
(以前、美花が言っていた、『私は、恋をしてはいけない』と、何か関係があるのか……?)
美花はまだ入浴中のようで、リビングに戻ってくる気配はない。
思えば、圭にも美花に話せていない事がある。
現在はDTM事業部の課長ではあるが、以前は、ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツの副社長であった事。
いずれは副社長の座に返り咲き、父、武の後を継ぐ。
双子の弟、怜のかつての恋人を寝取り、婚約までしていたのにもかかわらず、井河千夏とも身体だけを結び合う関係を継続させてきた。
副社長という名の盾を振りかざし、女を欺き続けてきた事を美花が知ってしまったら、彼女は確実に、圭の元を去っていくだろう。
──美花だけは、失いたくない。
圭が強く思い、願っている事だ。
しかし、自らの過去を、いずれ話さなければならない時が、来るかもしれない。
漆黒の奈落で見つけた仄かな光、浦野美花。
彼女を失ってしまった事を考えると、俺は……もう──
圭は、ソファーに腰を下ろしながら、膝の上で両手を組むと、苦悶に顔を歪めた。
様々な思いを張り巡らせているうちに、美花が入浴を済ませたのか、リビングのドアの横に立ち留まっている。
「圭ちゃん。お風呂…………」
「あっ…………ああ。出たのか。俺も……入ってくるよ」
慌てて微笑みの仮面を被った圭は、着替えを手にして、リビングから退出した。