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第1話:ヴィランの末裔
朝の街路は、商人の声と人々の足音で賑わっていた。
人々の間を、ひとりの青年が歩いている。
カイ=ヴェルノ。
肩幅は狭く、少し華奢な体格。乱れのない黒髪が額にかかり、瞳は灰色に淡く揺れている。
両手には薄い手袋をはめ、袖口からはかすかに古い紋様が覗いていた。
それは「ヴィランの末裔」である証。
荷車が石畳に傾き、積まれていた果物が転がる。
悲鳴をあげる商人の前で、ヴェルノは迷わず駆け寄った。
散らばった果物を拾い、子どもに踏まれぬよう抱えあげる。
「大丈夫ですか?」と差し出す声は静かで優しかった。
だが周囲は沈黙し、すぐにざわめきが広がる。
「……あれ、ヴェルノじゃないか」「ヴィランの血を引く奴が触ってる」
恐れと不信の目が集まる。商人も受け取った果物を一瞬ためらい、しぶしぶ礼を言った。
ヴェルノはうつむき、群衆の気配から身を引いた。
――その瞬間、記憶が甦る。
モノクロの広間。背中だけを見せる巨大な影。
父、ダリオ=ヴェルノの声が響く。
「お前は俺の血を引いている。信じられぬのも当然だ」
冷たく重い声に、幼い自分はただ震えていた。
続いて、柔らかな灰色の光の中。
母、リリアの笑顔。茶色の髪が頬にかかり、小さな手を包むぬくもり。
「血がどうであっても、人の手をとることを忘れないで」
その言葉だけが、鮮やかに残っている。
ヴェルノは目を開けた。
果物を抱えた子どもが、はにかみながら小さく頭を下げるのを見て、ほんのわずかに微笑んだ。
群衆の視線はまだ冷たい。だがヴェルノは歩き出す。
背筋を伸ばし、ただ静かに。
その姿は、かつて恐れられたヴィランの血を継ぎながらも、確かに人を救う青年のものだった。