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その比喩表現に、俺は尊さんの気遣いを感じた。
俺が会社で変な目で見られたり、仕事に支障が出たりしないように彼なりに考えてくれているのだ。
その優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「なるほどね、恋ちゃんも尊ちゃんも大変ねぇ」
浅霧さんは納得したように頷き、俺と尊さんを交互に見た。
「ははは…」
俺は曖昧に笑うしかなかった。
確かに、会社では上司と部下
プライベートでは恋人という関係は少しばかり複雑だ。
「そーだ、尊ちゃんって会社でどんな感じなの?」
浅霧さんの問いに、俺は迷うことなく言葉を紡いだ。
尊さんのことを話せる機会が嬉しくて、つい熱が入ってしまう。
「主任は…かっこいいです、仕事はいつも早くて完璧だし細かいとこまで見てるし、いつも俺のミスをカバーしてくれて、厳しいけど言ってることは正しいし、かっこよくて…俺の憧れの人なんです」
俺が尊さんを褒めちぎると、浅霧さんは目を輝かせた。
「あらやだベタ褒め?!かわいい恋人持ったわね~」
尊さんは呆れたように俺を見て、少しだけ口元を緩めた。
「お前な…そんな褒めても何も出ないぞ」
「だって、本当のことですよ?尊さんみたいに優しいパートナーも初めてでしたし」
俺が素直な気持ちを伝えると、浅霧さんが興味津々といった表情で身を乗り出した。
「今まで優しいパートナーができたことないみたいな言い方じゃない。なにかあったの?」
「あっ、いや、その…元カレのことなので」
俺は思わず口を滑らせてしまい、慌てて言葉を濁した。
過去の恋愛の話は、尊さんの前ではあまりしたくなかったからだ。
「えー何それ気になる、恋ちゃんって尊ちゃんと付き合うぐらいだし。ていうか二人の馴れ初め気になるんだけど!」
浅霧さんの好奇心は止まらない。
俺は顔を赤くして、どう答えるべきか迷った。
「え?えっと…」
その時、尊さんが俺を助けるように口を開いた。
「その辺にしとけ、雪白が困ってるだろ」
「た、尊さん…」
尊さんのさりげない気遣いに、俺は感謝の気持ちでいっぱいになった。
彼はいつも、俺が困っているとすぐに気づいて手を差し伸べてくれる。
「ほら、この店お前の好きないちごパフェもあるから食ってけ」
そう言ってメニューを差し出してくる尊さん。
俺はメニューを覗き込み、その言葉に目を輝かせた。
「いちごパフェですか……?!」
「あぁ、この前イチゴ美味そうに食ってたからな」
何気ない会話の中で話したことを、尊さんが覚えていてくれたことに俺は心底驚いた。
そして、それ以上に
自分のことを気にかけてくれているのだという事実に、胸が熱くなった。
「覚えててくれたんですか?」
「まぁな」
尊さんは照れくさそうにそっぽを向いたが、その耳が少し赤くなっているのを俺は見逃さなかった。
「ふふっ、いちごパフェひとつね。尊ちゃんは?」
「いつものモンブラン頼む」
「あいよー」
浅霧さんはにこやかにオーダーを取り、奥へと引っ込んでいった。
尊さんが浅霧さんと楽しそうに話しているのを見ると、こっちまで嬉しくなってくる。
尊さんのリラックスした笑顔は、俺にとって何よりも癒しだった。
しばらくすると、鮮やかな赤色のイチゴがたっぷり乗ったパフェと
上品なモンブランがテーブルの上に置かれた。
運ばれてきた瞬間、甘い香りがふわりと漂い
俺の食欲を刺激する。
「さっ、召し上がれ」
「ありがとうございます!わあ…美味そう…っ」
俺は目を輝かせながら、パフェをまじまじと見つめた。
キラキラと輝くイチゴ、真っ白な生クリーム
そしてその下にはアイスクリームやスポンジケーキが層になっていて
まさに芸術品だ。
スプーンで一口掬って口元へ運び、それをぱくりと食べた瞬間
ひんやりとした口当たりと共に、甘酸っぱいイチゴの味が口いっぱいに広がった。
生クリームの優しい甘さと、イチゴの爽やかな酸味が絶妙に絡み合い
幸せなため息が漏れる。
「ん~おいひぃです!」
あまりのおいしさに、俺の頬は自然と緩んでしまう。
尊さんはそんな俺の様子を、どこか満足げな表情で眺めていた。
「そーだ、もうすぐバレンタインじゃない!二人ともなにか予定あるの?」
浅霧さんの言葉に、俺はスプーンを止めて尊さんを見た。バレンタインか…。
「別になんも無いよな」
尊さんは俺に同意を求めるように視線を向けた。
「はい。あっ!でも…最近部署の女性社員のひとたちが烏羽主任に渡そうかなとか話してましたよ?」
俺がそう言うと、浅霧さんは面白そうに尊さんを見た。
「あら、尊ちゃんったらモテるのねえ」
「お前は誰かにやるのか?」
尊さんの問いに、俺は少し考えた。
「お、俺ですか?そうですね…一応同期で仲良い田中とか…お世話になってる人には義理チョコあげようかなとは思ってますけど」
「じゃ、本命は尊ちゃんなわけね?」
浅霧さんの直球な問いに、俺は一瞬固まった。顔がカッと熱くなるのを感じる。
「はいそれはもちろん…!あ…でも尊さん甘いの好きじゃないですよね?」
俺はなんとか誤魔化そうと、必死に言葉を絞り出した。
しかし、尊さんの返答は俺の予想を遥かに超えるものだった。
「あぁ、だから苦めのがいいんだが、作れるか」
「え、た、尊さん俺の手作りチョコ受け取ってくれるんですか?!」
驚きで、俺の声が上ずった。
まさか、手作りチョコをねだられるなんて。
「なにをそんなに驚いてんだよ」
「いや…尊さんことだから「職場にそんなもん持ち込むな」とか、いらないって言われるかと思って」
俺の言葉に、尊さんは少し呆れたような顔をした。
「別に会社にお菓子持ち込み禁止なんて決まりないだろ」
「そ、それは確かにそうですけど…!俺の手作りとか、食べてくれるのかなって…」
俺は不安そうに尊さんの顔を見上げた。
尊さんは、俺の頭をぽんと軽く叩いた。
「お前に料理教える度にお前の手料理食ってるだろうが。」
その言葉に、ハッとさせられた。
確かに、尊さんはいつも俺の練習につきあって
俺が作った料理を文句一つ言わずに食べてくれている。
その事実をすっかり忘れていた。
「はっ…それもそうですよね…!だったら尊さん、なにか食べたいものとかありますか?尊さんの好みに沿って作りたいんですけど」
「まあ、ビターならなんでもいい」
「わかりました!…完璧なバレンタインチョコ作れるようにがんばってみます…!」
俺は決意を新たにした。
尊さんのために、最高のチョコレートを作って見せる。
「ふっ…そうか。まあ、焦げても食ってやるから持ってくんの忘れないようにな」
尊さんの言葉に、俺は思わずむっとした。
「こ、焦げる前提なのやめてくださいよ!俺だって頑張ればちゃんとしたもの作れるんですからね?」
「ま、お前はやれば出来る部下だしな」
その言葉にドキッとして、つい食いついてしまった。
尊さんの口から「やれば出来る」なんて言葉が出るなんて、滅多にないことだ。
「ほ、ほんとですか!それって認めてくれてるってことですか…?!」
俺は前のめりになって尊さんを見つめた。
「まあ、伸び代があるってだけだ」
尊さんは少し照れたように視線を逸らしたが、その言葉は俺にとって何よりも嬉しい褒め言葉だった。
「それでも嬉しいです…俺、もっと尊さんに認めてもらえるように頑張りますから……っ!」
俺は興奮気味にそう宣言した。
尊さんはそんな俺を見て、ふっと笑みをこぼした。
「……ほんと、忠犬みたいなやつだな」
そう言って尊さんは、俺の頭を優しく撫でてくれた。
その大きな手が俺の髪をくしゃくしゃにする感触が、たまらなく心地よかった。
「ふふっ、なんだかんだ尊ちゃんも恋ちゃんに甘いのねぇ」
浅霧さんが楽しそうに笑いながら言った。
「別に普通だろ」
尊さんはそう答えたが、その表情はどこか嬉しそうに見えた。
「あ、あの…尊さん?もうひとつ、お願いがあって」
俺は意を決して、尊さんに切り出した。
少し言いづらかったが、どうしても伝えたかったことだった。
「なんだ、改まって」
「その…本命チョコ、俺のだけ食べてほしいなって…思って、まして」
俺は顔を赤くしながら、俯きがちに尊さんの顔色を伺いながらそう言った。
尊さんは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。
「最初からそのつもりだが?」
「ほんとですか?!よかった……」
安堵のあまり、俺は思わず尊さんの腕に抱きついてしまった。
「お前。そんなこと心配してたのか」
「だ、だって尊さんモテるから……!いつも女性に見られてるし…っ」
俺は正直な気持ちをぶつけた。
尊さんが会社の女性社員から熱い視線を送られているのを、俺はいつも見ていた。
それが、時々胸の奥をチクリとさせたのだ。
「心配すんな、本命なんてお前だけで十分だ」
尊さんの言葉に、俺の心は温かい光で満たされた。
彼のまっすぐな言葉は、俺の不安をあっという間に消し去ってくれた。
◆◇◆◇
「ごちそうさまでした」
甘くて幸せな時間を過ごし、俺はいちごパフェを完食した。
食べ終わったお皿を下げに来た浅霧さんに、俺は満面の笑みで感謝を伝えた。
尊さんと一緒にお会計を済ませた。
浅霧さんは最後まで笑顔で見送ってくれた。
「じゃ、また来る」
「ええ、恋ちゃんもまたいつでも来てね」
「はい!また。いちごパフェ食べに来ます!」
俺は元気いっぱいに返事をした。
尊さんと浅霧さんが楽しそうに話している姿を見て、心が温かくなった。
このカフェが、尊さんにとって大切な場所なのだということが伝わってきた。
そうして俺たちは、温かい余韻に包まれながらカフェを出たのだった。
帰り道────…
夕暮れ時の街並みを、尊さんと並んで歩く。
カフェを出てすぐ、俺が尊さんの袖を掴んで横を歩いていると
尊さんは何も言わずに、俺の小さな手をそっと包み込むように握ってくれた。
その温かさに、思わずドキッとする。
指と指が絡み合い、尊さんの手のひらの温もりがじんわりと俺の手に伝わってくる。
「た、尊さん、今日はありがとうございました。尊さんの好きな物とかたくさん知れてすごい楽しかったです!」
俺は繋がれた手をぎゅっと握り返し、感謝の気持ちを伝えた。
「お前こそ、ありがとな」
尊さんの優しい声が、夕闇に溶けていく。
帰りの電車に揺られながら、窓の外を眺めていた。
オレンジ色に染まった空が、ゆっくりと藍色へと変わっていく。
電車の中は少し肌寒かったけれど、尊さんと手を繋いでいるから不思議と温かくて安心する。
彼の大きな手が、俺の小さな手をしっかりと包み込んでくれている。
その温もりが、俺の心にじんわりと広がり
不安な気持ちを溶かしていくようだった。
駅から出て、家までの短い道のりを歩く。
静かな住宅街に、二人の足音だけが響く。
「気になったんだが、お前、俺にヤキモチ妬いたりするのか?」
突然の尊さんの言葉に、俺は思わず足を止めた。
「へっ?」
「さっき、いつも俺が女性に見られてるって言ったが…それ、俺のこと見てなきゃ言えないセリフだろ?」
尊さんの鋭い指摘に、俺は顔を赤くした。
図星を突かれて、ごまかすことができない。
「そ、そりゃあ自分の恋人に好意寄せてる人がいたら…気になっちゃいます」
俺は俯きながら、蚊の鳴くような声で答えた。
「つまりは嫉妬してるわけか」
尊さんの声が、少しだけ楽しそうに聞こえた気がした。
「す、すみません」
俺は反射的に謝ってしまった。
嫉妬なんて、カッコ悪いと思ってしまうから。
「なんで謝るんだよ、そんなに不安か?」
尊さんは立ち止まり、俺の顔を覗き込んだ。
彼の真剣な眼差しに、俺はさらに言葉に詰まる。
「だ、だって尊さんは仕事も出来るし優しいしカッコいいから…可愛い女の人に告られたりして、俺以外の人に目移りしちゃったら…って思って」
俺がオロオロしながらそう言うと、尊さんは、はぁ、とため息をついてから
俺の頬を両手で挟んで引き寄せた。
(……?!)
彼の指が俺の頬に触れると、ひんやりとしていたはずの指先から温かい熱が伝わってくる。
そして、俺の顔をじっと見つめ、口を開いた。
「目移りするわけないだろ、こんな可愛い奴がそばに居るのに」
「か、可愛いだなんて……!俺男ですし……っ」
俺は恥ずかしさで顔を覆いたくなった。
男なのに「可愛い」なんて言われるのは、なんだかむずがゆいし、似合わないと思う
なのに
「そういう反応が可愛いんだよ」
尊さんは、俺の頬を挟んだまま、少しだけ顔を近づけてそう言った。
彼の息遣いが、俺の頬にかかる。
「え……」
「すぐそうやって顔赤くなるところもな」
「だ、誰のせいだと……!」
俺は思わず反論した。
顔が赤くなるのは、全部尊さんのせいなのに。
「俺のせいか?」
尊さんは意地悪く笑った。
その笑顔に、俺はさらに顔を赤くする。
「うぅ……そうですよ!尊さん以外ありえません!」
俺が半ばやけくそ気味にそう言うと、尊さんは珍しくクスリと笑みを溢して
俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回してきた。
その手つきは、まるで愛しいものを扱うかのように優しかった。
「ちょっ……なにするんですか!」
俺は乱れた髪を直そうと手を伸ばしたが、尊さんは構わず撫で続ける。
「お前が俺のことで悩む必要はない、もし今後また不安になるようなことがあったらすぐに俺に言え。な?」
彼の言葉は、俺の心に深く染み込んだ。
不安になったら、すぐに彼に言っていい。
その許可が、どれほど俺を安心させたことか。
「え、わ、わかりました……?」
俺はまだ少し混乱しながらも、素直に頷いた。
「ほら、帰るぞ」
尊さんは俺の手を再び握り、歩き出した。
家に着く頃には、すっかり夜も更け
20時を回っていた。
しかし、俺の心は尊さんの温かさで満たされ
まるで春のように陽気だった。