マッドハッター 〜 クルデンにて 〜
イドーラとの戦いが終わり、夢から覚めてまず私が感じたことは右手に感じた激しい痛みだった。幸いにも術ですぐに完治こそはできたものの、数週間は下手に右手を動かせない状態になった。それでも、やることが山のようにあったので休むことはできなかった。
まずは、<ドリーマー>のことだが。彼女? もまた、イドーラと同じように現実世界での依代となる体が必要だった。ウルに頼んで<ドリーマー>の体となる人形を速急に作ってもらい、満月の夜。完成した人形に<ドリーマー>を再度具現化させて、なんとか完全な魔物になった。
エヴァンはというと、翼の傷はさほど深くなかったので、私の術で完治させた。明日には元通り飛べるようになるだろう。
そして、クルデン出立の日。
「本当に、ありがとうございました。」
「いや、こちらこそ。町の復旧に時間はかかるとは思うがなんとか、頑張ってくれ。」
イドーラの像は私が術で燃やし、念のためウルにはドリームキャッチャーの作り方を教えた。ウルから町の住民へと作り方が広まれば、イドーラがドリーマーの中から出てきたとしても、ドリームキャッチャーさえあれば身を守れるだろう。
「また、皆さんに会えますよね?」
「…どうだろうな。私は一度来た町や村は二度と訪れないようにしているし、もう会えないかもしれないな。」
「…そうですか。でも、きっとまた会えるという希望を持っていてもいいですか?」
「はは、好きにしてくれ。でも、もし何か困ったことがあればここに伝書鳩を飛ばすといい。…まぁ、その鳩が食われなければ手紙は無事に届くさ。」
ウルに私宛に届く専用の住所を書いた紙を渡した。帽子を整え、ウルに深々とお辞儀をして見せる。
「ごきげんよう、巫女ウル。貴方の町に、そしてこの先の未来に幸があらんことを。」
彼女の小さな手の甲に軽く触れるだけの口づけをして、私達はゆっくり歩き出した。ウルは私達の姿が見えなくなると先程渡した紙を大切そうにぎゅっと握りしめて、彼女はクルデンの町の復旧に取り掛かるのだった。
「キザな事してくれるわねー。」
歩いていると、背後から聞き覚えのある声がした。さっきから人の頭上を飛んでいるとは思っていたが嫌な予感がした。
「エヴァン…。」
近くの岩に着地して、姿を現したエヴァン。痛々しい傷はすっかり完治して綺麗になっていた。そして、別れの際に彼女は姿を見せなかったので既に別の町に移動したとばかり思っていた。
「このメス梟! 我が主に傷を治してもらいながら、礼の一言も言えんのか!」
クロウが翼を広げてまた威嚇をし始めた。
「だから、お礼をしにこうやって貴方達がくるのを待ってたんじゃない。」
「お礼?」
「そう。私も貴方達についていくわ。この占いの力を役立てて頂戴。」
意外にも、エヴァンは私達についてくる気でいるようだった。クロウは私に首をぶんぶん振って反対するが、当然私の答えはもう決まっていた。
「…いいだろう。だが、いいのか? ウルのいるクルデンに残らなくて。」
「いいのよ。別れはちゃんと済ませてきたわ。それに、今後あの町がどうなるかは自分たち次第、でしょ?」
この梟はちゃんとわかってるらしい。あくまで私達は人間の味方でもないし、イドーラのような魔物、邪神の味方でもない。つねに中立の位置について、物事を見極める。それがこの団のルールの一つでもある。
「そ、れ、に。未来が一切視えない貴方のことが気になるもの。」
「は、未来は自分の手で切り開くものだぞ。」
私は魔法陣を描くと、そこにアルマロスを置いて離れた。緑色のまばゆい光と共にアルマロスは巨大化した。山よりも大きいその体はまるで歩く要塞、いや城のようだった。
「さぁ、諸君。行こうではないか、砂漠の町<ロパライア>へ!」
新たな仲間、ドリーマーとエヴァンを迎えて私達はアルマロスの城の中へと入っていく。クルデンの町の外には広大に広がる砂漠がある。この先に私達が目指す町、<ロパライア>がある。
窓を開けると、向かい風越しに感じる熱風。まだ、道のりは長い。
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