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「あ……あのっ……」
スーツ姿の背中に、美花は勇気を出して声を掛けると、圭はクールな表情のまま振り返った。
「きょっ…………今日はお疲れ様でした。ありがとう……ございましたっ」
美花は、ゆっくりと彼に近付き、ペコリと頭を下げる。
(おにーさんに向き合っている今の自分は、どっちなんだろう……?)
『浦野美花』なのか、それとも『Hana』なのか、彼女自身も、よく分からない。
けれど、おにーさんの前では『浦野美花』でいたいと思う。
美花の表情が、どこかぎこちなく見えたのか、圭がフッと表情を緩めた。
「こちらこそ、今日はありがとう。君が、どれだけ音楽を作るのが好きなのか知る事ができて、良かったよ」
言いながら、圭が彼女としっかり向かい合う。
「君の動画投稿サイトにアップされている楽曲、まだ全部聴いてないが、少しずつ聴き進めていく。それから……」
彼が目を細めながら、唇に弧を描かせる。
「スマートミュージックで制作した君の曲…………楽しみにしてるよ」
低く、穏やかな声音で答える圭は、踵を返して緩やかな歩調で歩き始めた。
「かっ……完成したら…………すぐに連絡しますねっ……」
「…………」
美花が、おぼつかない様子で背中越しに言葉を向けると、彼は振り返らずに右手を軽く挙げた。
圭を見送った美花が慌てて店に入ると、雪、奏と怜から一斉に視線を向けられた。
「主役を放ったらかしにしちゃって、本当にごめんっ」
両手を合わせて苦笑しながら、美花は、親友カップルの元に戻ると、奏と怜、母の雪も含み笑いを浮かべている。
「ちょっ…………みんな揃って、何で笑ってるかなぁ?」
彼女も釣られるように、微苦笑を覗かせるけど、三人からニマニマした表情を向けられる。
顔中に熱が集まった状態の美花は、奏に覗き込まれた。
「ねぇ、美花」
「なっ…………何よぉ」
奏が、ストレートロングの黒髪を耳に掛けながら、不意に目力の強い眼差しを、美花に向けてきた。