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翌朝、三人は朝食を取るためにホテルのレストランへ向かった。


「有島さん、おはようございます」

「紫野様、おはようございます!」

「『様』はやめてください」


紫野が驚いて進に言うと、彼は笑顔で答えた。


「ご婚約されたと国雄様から伺いました。おめでとうございます。紫野様は国雄様のフィアンセですから、今後は『紫野様』とお呼びします」

「ありがとうございます。でも、以前と同じ呼び方の方がいいです」


そこで、国雄が笑いながら口を挟んだ。


「紫野が嫌だというなら、普段は『さん』付けで呼んでやったらどうだ?」

「国雄様がそうおっしゃるなら……」

「身内だけの時に俺を『様』付けで呼ぶのはやめろっ! 気持ち悪いぞ!」

「なんだよー、せっかく丁寧に言ってやったのにー」


二人のやり取りを見ていた紫野は、思わずクスクスと笑い出し、口に手を当てた。

その時、進が紫野の薬指の指輪に気付いた。


「おおっ! さっそく指輪が! 紫色の美しい石ですねー」

「ああ、それはまだ『仮』の婚約指輪だ」

「なるほど。本番の婚約指輪はやはりダイヤモンド? さすが国雄だな!」

「は? 今度は呼び捨てか?」


気の抜けた国雄の声を聞いて、今度は紫野と進が声を上げて笑った。

三人が笑いながらレストランの椅子に腰を下ろす様子を、遠くの席から見つめている女性がいた。

それは蘭子だった。

蘭子は、目の前の光景を見ながら、信じられないといった表情を浮かべている。そして、すぐに目の前に座る男性に言った。


「ちょっと……あそこに紫野がいるわ! それも国雄さまと一緒よ! 一体どういうこと?」


蘭子の前に座っていたのは、彼女の従兄妹・三崎真司だった。真司もかなり驚いた様子で、三人を見つめる。


「なぜ、紫野が村上と一緒に?」

「知らないわ! あの子、あんなにおしゃれして……一体どういうことなの?」

「見違えるように垢抜けたな。ということは、今は村上家にいるのか?」

「そうかもしれないわ。今晩のパーティーにも出席するつもりかしら?」


蘭子は納得がいかない様子で呟き、真司もまだ信じられないという表情で紫野を見つめていた。


紫野が国雄たちと楽しそうに会話する様子を見て、蘭子は胸の奥から激しい怒りが込み上げてくる。


(なんであの子が国雄様と一緒なのよ!)


蘭子は手が震えるほどの怒りを露わにしながら、鋭い目付きで紫野を睨み続けた。

しかし、三人は蘭子の存在にはまったく気付く様子もなく、笑い声を交えながら食事と団らんを楽しんでいた。



朝食後、紫野は国雄と進と共に、東京観光へ出かけた。

三人は、まず植物園を併設した娯楽施設を訪れる。初冬の植物園は散りそびれた紅葉が枝にしがみついている程度で、華やかな花々はほとんど見られなかったが、木々の間を通り抜ける冷えた空気が何とも心地良い。都会の中の自然に癒されながら、三人はしばらく公園内を散策した。

散策を終えた三人は、今度は併設された動物園へ行き猿回しの芸を観覧した。賢い猿と人間の絶妙なやり取りに、三人は思わず声を上げて笑い転げた。


昼食には東京の下町でうなぎを味わい、その後美術館へ向かう。

紫野にとって美術館は、幼い頃に一度だけ両親と訪れた思い出の場所であり、その懐かしさが胸に溢れて嬉しかった。


数々の芸術品に触れてから美術館を出ると、時刻は午後の二時を過ぎていた。


「そろそろ戻りましょうか。パーティーには五時に出かけるので、少し休んでからの方がいいでしょう?」

「はい」


三人は、進が運転する車でホテルへ戻った。進が車を停めに行く間、国雄と紫野は先に部屋へ向かう。

紫野の部屋の前に行くと、国雄が優しく言った。


「五時に迎えにくるよ」


国雄はそう言うと、紫野の頬に優しい口づけをした。


「!」

「婚約者なんだから、このくらいは許してもらえるだろう?」

「…………」


紫野は頬を真っ赤に染めてうつむいてしまう。その様子を見た国雄は、クスッと笑って言った。


「じゃあ、後でね!」


そう言い残し、国雄は隣の部屋へ入って行った。


紫野はしばらくその場に立ち尽くしていたが、ふと我に返り、慌てて自分の部屋へ戻った。


部屋に入ると、紫野は今日一日の楽しかった出来事を思い返した。

猿回しを見て大声で笑う国雄の顔、美味しそうに鰻を食べる国雄の顔、そして、さきほど自分の頬にキスをした国雄の顔……どれも思い出すだけで心臓が高鳴る。


高倉の家に嫁ぎ、一郎との悪夢のような初夜を経験した紫野にとって、男性は恐ろしい存在だという印象が強く刻まれていた。そのため、日常生活の中で男性と触れ合いそうになるだけで、つい身構えてしまう。

しかし、国雄に対してだけは、そんな警戒心を一切感じないことに、紫野は戸惑いと驚きを覚えていた。


(なぜ、国雄様に対しては、警戒心を持たないのかしら?)


その理由は、国雄は普段とても紳士的で、決して紫野の嫌がることをしない人だからだと紫野は思った。

もちろん、さきほどの頬への口づけには驚いたものの、不思議と嫌悪感が一切湧かない自分がいた。


(信頼できる誠実な人だから? それとも、初恋の人だから?)


紫野はそんな思いを胸に抱きながら、少し仮眠を取ろうとベッドに横になった。

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