テラーノベル
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王太子殿下が去って行った後、私は改めて周りの様子をうかがった。殿方たちが興味津々、そわそわと、私を見ている。
万が一彼らから声をかけられても適当にかわしてくるわと、兄様には強気な態度を見せはしたが、できればそんな対応をすることなく、早く帰ってしまいたい。
一方のカイゼルは、殿下の言葉に従って、まだしばらくはこの場に留まるつもりのようだ。
真面目で固い、しかし見方を変えればきりりとした顔つきの彼の横顔を見上げながら、私は考えた。あれほど兄様から私を頼むと言われていたのだから、きっとカイゼルがそういった連中の盾になってくれるはずで、それであればいっそのこと開き直り、楽しんでしまった方がまだいいと思い始める。
そうこうしているうちに、音楽の調べが変わった。それを合図に、手を取り合った男女がホール中央に集まり出す。
「舞踏会本番だな」
「そのようね。そう言えば……」
軽快な曲に合わせて踊り出した人々を眺めているうちに、子どもの頃のことを思い出す。
「あの頃、剣の腕前は私の方が上だったけれど、ダンスに関してはカイゼルの方が遥かに上だったわね。今はどうなのか知らないけど」
最後に一言皮肉を添えた私にむっとすることもなく、カイゼルは真顔で言う。
「確かめてみるか?ついでに今のレジーナがどれだけ踊れるのか、見せてみろ」
「えっ」
余計なことを言ったばかりに藪蛇となり、私はうろたえた。数年前の社交界デビュー以来、まともに踊っていない。
「えぇと、踊りたいのなら、どなたか他の御令嬢を誘った方がいいと思うわ。カイゼルと踊りたい、っていう目で、こちらを見ている方々が大勢いるようよ」
カイゼルは興味なさそうな顔で、ちらりと周りに視線を走らせてから、呆れた目をして私を見た。
「パートナーと参加している場合、初めの一曲はその相手と踊るのがマナーだろう」
「それはそうかもしれないけど、私とカイゼルは正式なパートナー同士というわけじゃないし……。それに、舞踏会だからといって、絶対に踊らなくてはならないというものでもないでしょう?」
「もしかして、未だに苦手なのか?」
なんとかしてダンスを避けようとしていることを、カイゼルに気づかれてしまった。私はもごもごと言い訳を口にする。
「そ、それはその……。パーティに参加していない話はしたと思うけど、職務優先ということで、レッスンもほとんど受けていなくて、それで……」
「俺は、レジーナに足を踏まれたとしても、まったく構わないが」
「どうして、足を踏む前提なのよ」
「どうして、って、ほとんどレッスンを受けていないということは、そういうことかと思ったんだが……。しかし、心配はいらない。レジーナが恥をかかないように俺がリードしてやる」
「なによ。自信たっぷりね」
「休暇で屋敷に戻った時、たまにいとこのダンスのレッスンに付き合わされたりしていたからな。昔ほどではないが、それなりには踊れる」
カイゼルの休暇の過ごし方の中に、「いとことのダンスレッスン」という内容が出て来て、何やら急に胸の中がざわざわとした。しかし、私は何気ない口調で訊ねる。
「いとこ、って御令嬢?」
「レジーナは会ったことがなかっただろうか。俺の母上の実家、フェルゼン伯爵家の娘だ」
「会ったことは、ないと思う……」
「名を呼ばれていたようだから、来ているはずだ。後で紹介しよう」
「別に紹介してもらわなくても大丈夫だけど……」
カイゼルは語尾を濁らせる私を不思議そうに見たが、すぐに表情を戻す。
「それで、話は戻るんだが……。あぁ、そろそろ次の曲だ」
カイゼルは優雅な動きで左胸に右手を当て、軽く身を折った。
「レジーナ様、一曲、お相手願えますでしょうか」
王太子殿下や兄様の指摘を思い出して努力してでもいるのか、カイゼルはぎこちない微笑みを口元に刻んだ。ここに至るまでの間、昔のようにとはいかないまでも、普段以上に彼との会話は増えていたが、まだまだ表情は固かったと思い返した時、不器用な彼の素直さが可愛いものに思えてきた。私はふふっと笑って彼の手を取った。
「仕方がないから、踊って差し上げます。でも、先に謝っておくわ。本当に久しぶりに踊るから、足を踏んじゃったらごめんなさい」
「レジーナに踏まれたところで、痛くもかゆくもない」
カイゼルはふっと目を細め、今度は自然に見える笑みを浮かべると、私の手を取ってホールの中央部に足を向けた。
何年かぶりに踊ることになって改めて驚いたのは、相手との距離の近さだった。目の前にはカイゼルの厚い胸、少し見上げた位置には彼の顔があって、私はまたしてもおかしな鼓動に翻弄された。
どこを見ればいいのか困って、視線をさ迷わせていた私だが、そのせいで、曲が始まって早々にカイゼルの足を踏みそうになった。彼のリードのおかげで事なきを得たが、その後も再三同じような失敗を繰り返してしまう。
「ご、ごめんなさい!」
私は焦りつつカイゼルに謝った。
「謝ることはない。だが、顔を上げて、ちゃんと俺を見るんだ」
「そ、そんなこと言われても。足元が気になって……」
「相手のことをしっかりと見て、集中していなければ動きが読めないところは、剣と同じようなものだ。ほら、顔を上げて」
カイゼルは私の背に当てていた手にぐっと力を入れた。
そのせいで彼との距離がますます近づき、私の鼓動もますます騒がしさを増す。
「わ、分かったわ」
背中に触れる彼の手に意識が集中しそうになった。それを努力して引き戻しながらおずおずと顔を上げ、私はカイゼルの顔に目を当てて踊り続けた。
「まだぎこちなさはあるが、さっきよりもはるかにうまく踊れている」
「あ、ありがとう」
昔は彼に対して緊張したり、胸をどきどきさせたりすることはなかったと、今の自分の状態を不思議に思いつつ、私はカイゼルと踊った。遅ればせながら、ようやくコツのようなものをつかみ、我ながらうまく踊れるようになってきたと思った時、曲が終わった。ほんの少しだけ、このひとときの終わりを残念に思ったが、それ以上に安堵の方が大きい。
「やっぱりダンスよりも、剣を握っている方が性に合っているわ」
「レジーナらしい」
カイゼルは苦笑しながら私の手を取り、ホールの端の方へ向かう。
「喉が渇いただろう。何かもらって来よう。ところでレジーナは酒は飲めたんだったか」
「飲めなくはないけど、弱すぎるから飲まないようにしているわ」
「それなら果実水がいいな」
「待って。私も行くわ」
「君はここで待っていてくれ。すぐそこだから」
すぐそこなら一緒に行っても同じだと思ったが、カイゼルはさっさと飲み物やオードブルが並ぶテーブルに向かって行ってしまった。踊り終えた私に向けて、やや離れた場所から視線を送っていた殿方たちに、けん制するかのような鋭い視線を投げかけていくことは忘れない。
そこまでして兄様の言葉に忠実に従う必要はないのにと、私は苦笑しながらカイゼルの背中を見送った。
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