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第十五話【逆流】
午前三時過ぎ。
ホテルの部屋に戻った空気は、張りつめたままだった。
机の上には、さっき押収した通信装置。
横には、あのUSB。
そして——全員が、まだ理解しきれていない何か。
「……で」
北松誉が口を開く。
「止めましたよね、一応」
「一応な」とシオン。
「でも“全部”じゃない」
相良が短く言う。
「解析を急ぎます」
ノートPCが再び開かれる。
USBの中身と、今回の装置のログを照合する。
画面に次々とデータが流れていく。
誉はそれを見ながら、胸の奥の違和感が消えないのを感じていた。
「……なんか」
「何」とシオン。
「うまくいきすぎじゃないですか」
相良の手が一瞬止まる。
「どういう意味ですか」
「SITE-B、当たったじゃないですか」
「ええ」
「しかも本命っぽいの、ちゃんと押さえられた」
「それが」
「……高瀬が、それを“読んでた”感じがする」
部屋が静かになる。
シオンがゆっくり顔を上げる。
「北松、それ」
「はい」
「俺も思ってた」
「え」
「逃げ方、余裕ありすぎた」
相良が画面を見ながら言う。
「囮として成立させるために、あえて捕まる側を用意した可能性もある」
「じゃあやっぱり」
「“見せているだけ”かもしれない」
誉の背筋が冷える。
止めたつもりで、止めさせられているだけ。
「……最悪」
「ほんとにね」とシオン。
その時だった。
相良が画面を拡大する。
「……これは」
「何ですか」
「USBの“DATA”の中に、タグ付けされたフォルダがある」
「タグ?」
「優先度か、分類か」
フォルダ名は英数字の羅列。
だが一つだけ、日本語が混ざっていた。
“REV”
「リバース?」と誉。
「逆流か」とシオン。
「開きます」
相良がクリックする。
中にあったのは、動画ファイルだった。
「……動画?」
「再生します」
画面が暗転し、数秒後——映像が映る。
#ホラー
天音ろっく
190
6,618
手ブレした画面。
どこかの室内。
そして。
「……え」
誉が声を漏らす。
映っていたのは。
秋山だった。
「……っ」
詩織が息を呑む。
動画の中の秋山は、カメラに向かって何かを話している。
音声は小さいが、はっきりと聞こえた。
『……これ見てるってことは、たぶん俺もう詰んでる』
誉の心臓が止まりそうになる。
『だから、先に言っとく』
秋山は、少し笑っていた。
『これ、高瀬のじゃない』
「……は?」
シオンが低く声を出す。
動画は続く。
『正確には、高瀬も使ってる。でも“元”は違う』
秋山の表情が少しだけ真面目になる。
『俺、これ追ってて気づいた。上がいる』
「上……」
誉が呟く。
『高瀬、あいつはたぶん“回す側”』
『でも作ってるやつ、別にいる』
相良の目が鋭くなる。
『で、ここからが重要』
秋山が少しカメラに近づく。
『このネットワーク、“止めると逆流する”』
「……逆流?」
誉の頭が追いつかない。
『データが分散されてるから、一部潰すと別ルートに流れる』
『つまり——』
秋山は少しだけ笑った。
『下手に止めると、被害広がる』
動画がそこで途切れる。
沈黙。
誰もすぐには言葉を出せなかった。
「……どういうこと」
誉がようやく言う。
「止めたら、広がる?」
「分散型ネットワークだな」と相良。
「一部を遮断すると、別経路にデータが流れる」
「じゃあ俺たち」
「さっきのSITE-B」
シオンが言う。
「止めたことで、別のルートに流れた可能性がある」
誉の血の気が引く。
「……じゃあ、俺たち」
「“止めたつもりで流した”」
最悪の形だ。
その時、相良のインカムが鳴る。
『本部から連絡。新たに複数の不正アクセス報告が同時発生』
「……やはりか」
「どこですか」と誉。
『都内複数地点。短時間で広がっています』
誉は思わず頭を抱える。
「……うわ」
「逆流だな」とシオン。
「ほんとに起きた」
相良が即座に指示を出す。
「ログを追え。流出経路を特定しろ!」
だが、誉は画面を見たまま動けなかった。
秋山の言葉が頭の中で繰り返される。
止めると逆流する。
じゃあどうする。
止めないのか?
でも放置すれば、広がる。
「……詰んでるじゃないですか」
誉が呟く。
「いや」
シオンが言う。
「詰んでない」
「え?」
「“全部止めればいい”」
誉は顔を上げる。
「全部?」
「分散してるなら、同時に全部潰す」
「そんなの無理でしょう!」
「普通はね」
シオンは少しだけ笑った。
「でも、高瀬はできるかもしれない」
「なんで」
「あいつ、“全部の流れ”知ってる側だから」
誉の中で、何かがひっくり返る。
「……じゃあ」
「うん」
「高瀬って」
言葉がうまく出てこない。
シオンが代わりに言う。
「敵じゃない可能性、出てきた」
部屋の空気が一気に変わる。
「……は?」
誉は完全に固まる。
「いやいやいや」
「まだ断定じゃない」と相良。
「だが、秋山さんの証言は重要だ」
「でも、あんなやり方してましたよ!?」
「“誘導していた”可能性もある」
誉の思考が追いつかない。
高瀬は逃げた。
挑発した。
シオンを揺さぶった。
それ全部が——
「……誘導?」
「こっちを“正しいルート”に乗せるための可能性」
シオンが低く言う。
「だからUSB渡した」
「……あ」
誉が息を呑む。
「全部の入り口って……」
「ヒントだった」
相良が静かに言う。
「つまり我々は」
「高瀬の手のひらの上かもしれない」
誉はソファに座り込んだ。
「……もう分かんない」
「分かるよ」とシオン。
「俺も分かんない」
「軽く言わないでください」
「でも」
シオンは真顔に戻る。
「一つだけ確実」
「何ですか」
「このままじゃ、被害は広がる」
誉はゆっくり頷いた。
それだけは、はっきりしている。
「……じゃあ」
「うん」
「どうするんですか」
相良とシオンが同時に言った。
「高瀬を見つける」