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まさかまたこの仮眠室で夜を明かすことになるとは思ってもみなかった。いつもなら社員が泊まり込んで、真夜中に届く食材の搬入チェックとか次の日の仕込みとかするのに、昨日はバイトのアタシに白羽の矢が立ってしまった。とても真っ黒な会社なんだけど、時給と設備と待遇だけはべらぼうに良いので続けている。ストーカーも煩いので週末は便利な避難所だ。
義弟との2年ぶりな奇跡の再会を果たしたのは良しとしても、今、あたしたちの周りで何が起こっているのかをちゃんと把握したいわ。いつまでもここに居てはいけないとも思うし。もちろん焦って動くのも良くないとは思うのだけれど。ダメよね?一番年上のあたしが不安がってばかりじゃ…
「…すずめちゃん。…もう寝た?。」
「いいえ。レオくん来ないんですね?。横になるスペースはあるのに…」
「そうねぇ。最後に階段を見てくるって言ってたけど、どうしたいのか言ってくれないのよねぇ。…お荷物にはなりたくないのだけれど。…はぁ。」
なんだけど。お世辞なくレオちゃんが期待以上に成長していて正直に驚いちゃった。『ちょっと出てくる。』って言った時の低い声と、調理室を出ていく時のあの横顔と背中ったら思わず抱き着きそうになっちゃったわよ。『男児、三日会わざれば刮目して見よ。』とは言うけれど、ここまで急成長されちゃうとちょっと寂しくもなっちゃったなぁ。頼りにしてるけど♪
「わたしだって…なりたくなかったですよ。…わたしを助けなければ外に出られたかも知れないのに。あ。それだとリンさんに会えなかったのか。でもリンさん一人なら脱出できたのかもだし。なんだか…ごめんなさい。」
「はぁ。すずめちゃん?。その変な罪悪感はいらないんだからね?。すずめちゃんを助けると決めたのはレオなんだし、そのお陰でアタシたち姉弟は再会できたのよ?。そしてここまでは何にも間違ってないの。いい?」
やはり。と言ったらおかしいけど、七月すずめちゃんの声もどこか沈んで聞こえた。そう、不安なのはみんな一緒なのよね。今はいつでも動ける様に眠る事よりも身体を休める事を優先しよう。窓の外から感じる徘徊する者の気配と聞こえてくる微かな物音。どのみち…眠れそうもないわねぇ。
あのクロカゲの生態が解らない以上、建物の外に明かりが漏れるのはやはり不味いとゆう事で、ロッカールームと、応接室を兼ねる事務所と、この仮眠室の窓は全て段ボールで塞いだ。物音や話し声にも気をつけている。それでも時々、窓の外から何かが聞こえるのよ。今夜はホラーナイトね。
仮眠室から望める駐車場やら、搬入口の外を徘徊するクロカゲが、『窓に人影が映ると襲ってくる可能性がある。』とゆうレオちゃんの指摘からそうしたけど、彼はどこからその危機管理能力を授かったのかしら?。たった二年離れていただけで随分と逞しくなったものね。惚れ直しちゃった♡
「はい。…すみません、ちょっと卑屈でしたね?わたし。でも得意分野の料理でもリンさんに敵わないし、わたしって役立たずだなぁって思ってます。だから、なにか他のことでレオくんを…弟さんを支えたいんです…」
「ふぅん。じゃあ癒やしてあげたら?アタシみたいに。…あの子ね?母親を知らないのよ。柔らかい胸に抱かれたことも、甘えたことさえないわ。もっともあたしはそんなつもりで接してないけど、どうしても可愛くなっちゃうのよね。甘え方を知らないレオ。だからアタシは溺愛しちゃう♡」
「できあい、ですか。(…あれ?意味ってなんだったっけ?。え〜っと…)」
こんなに可愛くて出るとこ出てるのにしょーもない事を言い出す娘ね?。何にもないとか思うのなら、最悪は女体を武器にするのもアリなのに。男は女に肉体的だったり精神的な癒やしや心の従順さを求める生き物よ?。そこにつけ込んじゃえば側に居ることくらいは出来るのに。真面目だわ…
人間の世界って男女違わず、ちょっと見た目が良いってだけでソレなりな価値があるのに、何をモヤモヤしてるのよ?。あ、そか。アタシみたいに好きな男の為に自分磨きとかしたこと無いんだ。そりゃ自信持てないわ。恋愛は個人競技に似てるから、鍛えて磨けは自信は勝手に着くものよ?
「そう。デキアイ♪。アタシに溺れてほしいから甘やかしてるのに、アタシの方が溺れちゃった。…二年前にね?。アタシ、レオを誘ったの。夏休みの終わりごろの真夜中に、彼の部屋に忍び込んで、一糸まとわぬ姿になって、M字開脚して、ここに入って♡って誘惑したわ。ものすごく恥ずかしかった。…自分がいま…何をしてるのかさえ分からなくなるくらいに…」
「そ!。それで…レオくんは?。…入れたんですか?。リンさんの中に?(え!?M字!?開脚!?。しかも全裸でっ!?。そんなの入口どころか奥まで見えちゃうんじゃっ!?。なっなななっ!なんて破廉恥なっ!)」
「えっへへ〜♪。それは、な・い・しょ・♡。でもその夜のレオの行動がアタシに女である覚悟を教えたの♪。だから譲らないわよぉ?。うふ♡」
コレだけ煽れば悩んでいる間も惜しくなるでしょ。すずめちゃんはすずめちゃんのペースで、やり方で、彼を支えればいいのよ。そこに比較もジレンマもいらないんだから。好きなら好きでいいし、触れたいなら触れれば良い。ただこっちから行かないとレオちゃんは手を伸ばしてくれないからそのつもりで。ただし!絶対に独り占めにはさせないんだからね?。ね!
「…………。(1階に行けば生存者の一人でもいるかと思ったけど…食い荒らされた遺体ばかりだったな。…だけどクロカゲは減っていた気がする。駅から街に移動したのか?。痛たた。ちょっと掠っただけなのに意外とダメージがデカいなぁ。それに血だらけだよ、着替えを何とかしないと…)」
現在の時刻は午後22時43分。クソ親父から卒業祝いに貰った銀無垢の腕時計で確認した。揺らせば内蔵されているゼンマイが巻けるとゆう便利な時計で、蒼い文字盤の12の位置には金の王冠が配されている。自動で切り替わる日付の覗き窓は、凸レンズになっていて非常に見やすかった。
「はぁ。……。もう追って来てないな。防火扉サマサマだよ。(しっかしヤラれたなぁ。まさか挟み撃ちしてくるなんて。…あれが偶然だとしても連携はとれていた気がする。…あーあ、ジャケットがボロボロだよ。こんな格好で帰ったら、また心配されちまう。でも欲しい物は確保できたな…)」
そう。俺は生存者を探しつつ必要となるであろう物資を漁っていたのだ。食料は正に売るほどあるとしても、どうしても手に入らない物がある。地下に着いたばかりの時にすずめの体調の急変が気になったのもあってか、俺は汎ゆる薬を真っ先に手に入れるつもりだった。空覚えながら1階に薬局があった気がする。その記憶だけを頼りに…1階の大通りをめざした。
「とにかく地図が必要だなぁ。闇雲に探し回ってみても奴らに見つかって追いかけられるだけだ。しかもアイツら…バッタみたいに跳ねやがるし…」
俺は奴らの特徴をまたも見落としていた。今回もその事で追い詰められそうになったのだが、やはり個体としてはもはや相手にならない。ただし複数のクロカゲに囲まれることの危うさと恐怖は学ばせてもらった。あれでその場にいた全員が腕を振り回していたら、俺は細切れになっただろう。
「お。あれってフロアの地図だよな?。…あ、やっぱり。………外れなさそうだしメモるしか無いかぁ。あ、そうか、スマホも無いんだった。ん?リン姉なら持ってるんじゃないのか?スマホ。…やっぱり一旦戻ろうか。取り敢えずは手土産もあるんだし。二人に喜んでもらえたら良いけどな…」
現在位置は各階を貫通しているであろう非常用の内部階段だ。各フロアーに繋がる踊り場には大きな防火扉が設置されている。そして今、1階に伸びる通路の鉄扉をようやく閉じたところだ。あのクロカゲは見た目こそ大型な人型に見えるが実は体重が軽い。恐らくすずめよりも軽いだろう。だからこそ壁やら天井やらを縦横無尽に飛び跳ねるのだが、そこが奴らの弱点でもある。どこでもいいから掴んでしまえば片手でも振り回せるのだ。
とは言え、近接戦闘は避けたいのが本音だろう。ヒトと同じ様に腕の関節は肩と肘と手首。しかし手のひらの先の爪が重いのか、個体によっては鞭のように腕が撓ってくる。もしもその軌道を見失えば、今の俺みたいに傷だらけになってしまうのだ。深い傷はなくとも…やはり斬られれば痛い。
「…お?こんなとこまで斬られてた。まぁ取り敢えず…これで安全地帯はキープかなぁ。…痛〜。ちょっと掠っただけでもカミソリみたいな斬れ味なんだし結構ヒリヒリするなぁ。う。(ふ〜ふ〜。消毒液が滲みるぅ。)」
とりあえず隠れ家にしているお惣菜コーナーの調理室に戻った。ここは安全の為に常に灯りをつけてある。いまだスケルトン・シャッターの向こうにはクロカゲ達が徘徊していて、状況を考えれば環境の変化は命取りになりかねないとゆう潜む側の常識だ。例えるなら戦場のスナイパーなどがそうだろう。息を潜めて環境や景色に溶け込んで…身を隠して待つアレだ…
それにしても状況の好転はしていないよなぁ。たった1日目で望むことじゃないけど、建物の外に出られなかったって事は得る情報が限られるって事で、しかもパソコンやスマホじゃ真新しいモノは何もなかったと聞いている。そして籠城状態ってことは逆に閉じ込められているってことで単なる消耗戦になりかねないし。ましてや救助救出が期待できないとなると…
「あれ?戻ってたの。!?。傷だらけじゃない!すぐに手当するから!。ほら?そのシャツも脱いで。…良かった、そんなに深くないわ。…アイツラと戦闘になったのね。…背中も腕も…脇腹まで。…滲みると思うけど…」
「ありがとう、すずめ。けっこう手慣れてるな?。うっ…痛たたた…」
「ご!ごめん。でも…ちょっとだけ我慢してね?。…ふ〜。ふ〜。ふ〜。」
ジャケットとワイシャツを脱いで、二の腕の傷口の消毒を始めたところにすずめが事務所から顔を出してきた。リンが一緒にいたお陰か、少しは休めたのだろう。俺が出かける前ほどは顔色も悪くなかった。丸椅子を持ってくると俺の横に置いて、アンダーシャツを脱ぐのを手伝ってくれた。
傷口をぽんぽんと、消毒液を染ませた丸い綿で軽く叩いては優しく吹いてくれる。やはりヒヤリとした痛みは走るのだが、まだ我慢できる範囲だ。俺が思っていたよりは斬撃を躱せていなかったのかも知れない。一度に複数の敵を相手にしたのも初めてなのに、生きて帰れたことは幸運だろう。
「…わたし、看護師の資格を取ろうと思ってるからこうゆう時の手当てマニュアルなら頭の中にあるの。…ここは…ちょっと深いかぁ。あら?この薬って。痛み止めや風邪薬?。まさか…この為にわざわざ出掛けたの?」
「ああ。最低限の薬は必要だと思ったからね。あと…これ。化粧水や保湿クリームや簡単な化粧道具とか。よく分からないから手当たり次第に持ってきたよ。本当は…他に生存者とかいないか探しに行ったんだけどね?」
わたしが思っていた以上に危険な場所に行っていたのかも知れない。レオくんの背中の傷、右の肩甲骨から左の脇腹まで走っている二本の切創は真皮にまで達していた。出血が少ないのは見た目ほど深くないからなんだろうけどゾッとする。あと5ミリでも深ければ致命傷になっていたのかも。
「…誰も連れてきてないって事は…発見できなかったのね。…消毒完了。この辺の傷が少し深いからテープ固定するわね?。本当なら縫合するほうが良いのだけれど。…それとありがとう。私達のことも考えていてくれて…」
「当たり前だろう?。すずめもリンも、俺が必ず安全な場所に連れて行くって決めたからな。それに、あのクロカゲが何なのかを知るためにもすずめの家に行かなきゃならない。それまで不自由はさせたくないからな?」
「…気持ちは嬉しいけれど、レオくんが死んじゃったら意味ないんだからね?。だから、こんな無茶はしないで欲しい。…足手まといになるかもだけど、次は私たちも連れて行って。…背中くらいは…守れるはずだから…」
「…すずめ…それは少し考えさせてくれ。でも気持ちは嬉しいよ。ありがとう。…だけどクロカゲの特徴とかまだ分からないトコロも多いんだよ。だからまだ隠れていて欲しい。…俺が楽勝できるようになるまではね?」
また一人で抱え込む!。高1の頃、レオくんは学校でも誰とも関わろうとしなかった。皆んなより頭ひとつ背が高いからどうしても目立つのに、なぜか隠れるようにしていた。時々、顔を腫らしていたのもわたしは知っていたのよ?。聞いても『平気だから』の一点張りで先生だって困ってた。
ダサい黒縁の伊達メガネをかけて、髪型も無頓着にいつもボサボサで。体格も良いのに体育の授業はいつも見学してて。1回しかできなかった学園祭でも生徒会の手伝いばっかりでクラスの出し物には何にも参加していなかった。まるで自分は世界に存在していないかの様に彼は過ごしていた。
そんな八門獅子がわたしは気になったの。いつの間にか彼の背中を目で追うようになってた。そして冬になった頃に、わたしの中でもレオくんは何者にも代え難い存在になっている事に気がついたわ。そして決めたの。春が来て、二年生になったら告白しようって。でもその決意はあのパンデミックで叶わなくなった。だから電車の中で見かけた時も迷わなかったわ。
「お。すずめ?終わった?。……ん?どうかしたのか?」
「うん。あのねレオくん、わたしね?。わたし…レオくんの事がずっと…」
「………すずめ?」
「わたし…レオくんの事を…ずっと見てた。…レオくん…わたしね?…」
そんな事を思い出しているうちに、レオくんの背中の傷のテーピングが終わった。そしてわたしはつい、その大きな彼の背中に頭を着けちゃった。『愛おしい。』そんな想いだけが頭と胸をいっぱいにしてゆく。そして振り向いてくれたレオくんの頬に、どうしても触れずにいられなかった。
わたしたちを護るために、こんなにたくさん傷付いて。それでもレオくんはわたしの元へ無事に帰ってきてくれた。ただそれだけが嬉しくて、ただ想いだけを伝えたくて、わたしはレオくんを見つめたのだけれど、どうしても彼の唇にわたしの唇が近づいてしまう。こんな時だからこそ…よね?
「あったわ!あったのよっ!書き込みがっ!。…あれ?どうしたの?」
「え?。あ。いやぁ。…それよりリン。寒くないのか?その格好…」
「……………。(リンさぁん!?さっき言ったよね!?癒やしてあげろって!わたし覚悟したんですけど!?レオくんに大好きよって初キスを捧げて!励まそうと決めたんですけど!?。…こんなの…わざとやってない!?)」
突然に開かれた事務所の扉。わたしとレオくんは反射的に離れて反対を向いてしまう。よくラブコメ漫画で眼にするあの風景が、まさかわたしに降り掛かってくるとは何たる不覚!。でもさすがに、ファーストキスの現場を誰かに見られのには抵抗が。そりゃリンさんは慣れてるみたいだし?どこででも出来るんだろうからイイですけど!。わたしは違いますから!。
く〜!レオくんも何となく分かっててくれている反応だったから上手くいくと思ったのにー!。しかもこの恥ずかしさと悶々としたやるせなさはドコにぶつければいいのよー!?。このあとのわたしは!どんな顔してレオくんと話せばいいのーっ!?。もうこんなチャンスだってあるかどうかも分からないのにーっ!。う〜。見られても構わないとゆう度胸が欲しい…