コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「そうそう、これも好きに使ってくれていいわ」
そう言って葉月の手の上に、青と赤の半透明の石を乗せる。大きさは直径三センチくらいで、ラウンド形にカットされていて、ひんやりと冷たい。
「これは?」
「魔石よ。赤いのが火、青いのには水の魔力が込められているわ」
調理場やお風呂にある専用の窪みに嵌め込むことで、それぞれの魔法が発動するらしい。この世界では魔法が使えない大多数の人にとっての必需品だ。これがあればベルの作業を中断させずに、好きなタイミングでお風呂を入れたり水仕事もできるだろう。
以前にいた使用人が使っていた石は劣化して割れていたので、新しく取り寄せてくれたのだ。魔女の一人暮らしではまず使うことのない代物だから。
「空になったらいつでも補充してあげるけれど、葉月が魔力を扱えるようになる方が先かしらね」
ふふふと揶揄うように森の魔女は笑いながら作業部屋へと戻っていく。
今回の納品で青色の瓶はかなり減ったはずだが、何にせよ元の量が量なだけに、なかなか終わる目途がたたない。さらに容赦なく追加でも送り込まれてくるし……。
「やった! お風呂入り放題だ」
こちらの世界に来て、一番不便だと感じていた問題が早くも解決だ。家事で必要な水や火ならまだしも、浴槽に張るほどのお湯を魔法で出して貰うとなると、さすがにそこまで頻繁にお願いできないでいた。
でも、魔石さえセットすれば葉月の好きなタイミングで調理も洗濯もできるし、お風呂だって入れるようになったのだ。この不思議な石のおかげで館での生活が飛躍的に向上した。
早速その効果を試したくなって、納品されたばかりの食材と魔石を抱え、調理場へと移動する。心なしか、その足取りは軽い。
荷物を調理台の上に置いてから、台の側面にある赤い縁取りのある窪みへ赤色の石を、青い窪みには青色の石を嵌め込む。特に何か音がするとか、光とかいうことはない。
恐る恐る、水場の蛇口へ手を触れると、程よく温かいお湯が湯気を伴って流れ始める。火の魔石も一緒に嵌め込んだから、お湯になったみたいだ。これが水の魔石だけだと冷水が出てくるのだろう。
コンロの方もつまみを回すだけで簡単に火が付く。これまでは葉月一人では作ることが出来なかった火と使った料理にも挑戦できそうだ。
「不思議……」
小さな石があるだけで、一気に生活が便利になった。地中に水道管やガス管が敷かれている訳でもないのに、水も火も自由自在に使えるようになったのだ。
ただし、魔石の魔力には限界がある。使い切って完全に空になるとただの石でしかない。だから、空になれば魔力の補充が必要になり、街にはそれを生業とする魔法使いが何人かいるらしい。
葉月の世界で例えてみると、魔力補充代が光熱費という感覚だろうか。
魔石自体も保管状態によっては割れたり欠けたりするから、永遠に使えるモノでもない。その為、自然鉱石の中でも宝石類と同じくらい重要視されているし、魔石を巡っての国家間の争い事も頻繁に浮上しているのが現状。
「今日は具沢山のスープでも作ろうかなー」
ブリッドが運んでくれた食材をチェックして、使えそうな物を選び出していく。これまでは見かけなかった新鮮な野菜や調味料も取り寄せて貰えたので、作れる物の種類も増えそうだ。
せっかくだから、温かくて食べ応えのある物を作りたい。
今回は使わない物達は半地下の貯蔵庫へとしまっていく。よく見れば、貯蔵庫の壁にも魔石を嵌めこむ窪みがあるが、今は何もない。もっと暑い季節になれば冷気を発生させる石を使うこともあるのだろうか。
最近ふと、葉月は思うことがあった。――ベルさんって、幾つなんだろう?
初めて出会った時には、ぱっと見から三十台前半かなと思っていたけれど、日を追うごとに「もしかして、もっと若い?」と思うようになってきた。
というのも、最初に見た時とは明らかに見た目年齢に差があるのだ。見るからにお手入れされなくて荒れていた髪や肌も、最近では随分と落ち着いてきていた。
その要因には、葉月は思い当たる節がいくつもある。
ゴミ屋敷化していた館のお掃除が進んだことで、衛生的な生活環境になったことが一番大きいだろうし、干し肉がメインの偏った食事も少しずつ改善しつつある。
――あと、あの人は絶対に一人の時は毎日お風呂に入ってなかったはず……。
基本的にズボラな彼女のこと、二日とか三日に一度くらいだったんじゃないかと葉月は踏んでいる。今は葉月に釣られてお風呂に入ったり、身体を拭いたりしているが、以前はおそらく……。
そういったこともあり、本来の見た目年齢を徐々に取り戻してきているんじゃないかと。
「ベルさんって、おいくつなんですか?」
これまでは聞いて良いものかと微妙に迷っていたけれど、夕食に用意した具沢山スープとパンを食べながら、勢いに任せて聞いてみる。
足下ではくーが干し肉とパンのミルク煮を貰って、ご機嫌で食事している。
「私? 今年で24になるわ」
「……なるほど」
まさかの二十代前半だ。今年で、ということは葉月とは6つしか変わらない。