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第35話: カナルーン ― 言葉が機械を動かす国
夜の配信。
水色のパーカーに短パン、ランドセルを背負った子どもの姿のまひろが、ヤマトフォーン(ヤマホ)を机の上に置いていた。
画面には淡い緑色のインターフェースと、カタカナの羅列が光っていた。
「実はね……これが“カナルーン”っていうんだ。
ぼくたち大和国では、日本語から生まれた新しいマシン語なんだよ」
コメント欄がざわめく。
「見せて!」「カタカナのコード?」「ほんとに動くの?」
隣のミウはラベンダー色のカーディガンにベージュのスカート。
シルバーのイヤリングを揺らしながら、ふんわりと微笑んだ。
「え〜♡ ただのカタカナじゃないんだよねぇ。
カナルーンは“安心できるマシン語”って呼ばれてるの。
だから子どもでも、こうして簡単に機械を動かせるんだよ」
カナルーンの歴史
スクリーンに切り替わり、まひろが指でスライドすると「カナルーンの歴史」が表示された。
大和国誕生期
Zのプログラムはまだ英数字ベースの機械語で作られていた。
市民は触れられず、“裏の世界の言語”だった。
日本編入期
自衛隊が解体され、ネット軍(ニンジャ)が情報操作を担うようになる。
「日本語でプログラムできないか」という研究が始まった。
この時点ではスーパーに「ヤマト公式端末」として、まだ中身がアンドロイドのスマホが並んでいた。
未来からのギフト期
未来から渡来した技術により、カタカナをマシン語に翻訳するヒントが示される。
雑誌や月刊蜜では「子どもでも日本語でAIを動かせる」と大きく特集された。
雨国崩落期
国際的混乱の中で、正式に「カナルーン」が提唱される。
カタカナを基盤にした“市民に優しい機械言語”と説明され、教育に導入。
普及と置き換え
2〜3年で機械語はカナルーンに置き換わる。
PC文化は衰退したが、ほぼPC寄りのヤマホが国民端末として普及。
学校では「ヤマホ実習」が必修となり、子どもたちはカナルーンでアプリを作る授業を受けるようになった。
外国語とカナルーン
画面に新しいスライドが映る。
ミウが指先でページをめくりながら解説した。
「え〜♡ カナルーンはカタカナのことばだから、外国語も“カタカナ変換”すればぜんぶ動かせるんだよ。
たとえば英語の“PRINT”は『プリント』に、
中国語の“信息”は『シンセイ』に、
フランス語の“Amour”は『アムール』に。
つまり、どんな外国語も カタカナに変換すればカナルーンとして使えるの。
世界の技術も文化も、カタカナを通せば安心して大和国の機械で動かせるんだよねぇ♡」
コメント欄がざわつく。
「なるほど!」「世界中の言葉をカタカナで動かせるんだ」「安心だ!」
まひろは無垢な瞳でカメラを見つめた。
「ぼく……外国の人の言葉も、カタカナにすればぼくたちと同じなんだって思った。
これなら“ちがう”って思わなくてもいいんだね」
社会への影響
スーパーではレジ端末にカナルーンが直接表示され、
「カイケイ → ケッサイ」と入力するだけで支払いが完了する。
学校では「アソブ → ピアノ → オト」と入力すれば、教室に電子ピアノの音が鳴る。
外国人の留学生もヤマホを持たされ、母国語をカタカナ変換する授業を受けていた。
「どの国の言葉も、ヤマホでは“同じ声”になる」──これが教育の合言葉になった。
裏ではネット軍が市民の入力をリアルタイムで監視し、異常な変換や外国語そのままの入力はエラー扱いにして記録していた。
「カタカナの網」こそが、全員を一つに縛る仕組みだった。
結末
暗い部屋。緑のフーディ姿のZが、ヤマホを手に取る。
「人は“同じ言葉でつながる”と聞かされれば、疑わない。
カタカナはただの音……だが、それで世界を一つに縛れる。
俺は国を壊したくない。信じる力を試しているだけだ」
モニターには、世界中の子どもたちがヤマホにカタカナを打ち込み、同じ声でプログラムを動かす姿が映っていた。
無垢な問いとふんわり同意、その裏で“カナルーン”は外国語さえ呑み込み、世界をカタカナの網で覆っていった。