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あれから一時間目の授業が終わり、休み時間に入った。
教室のぐるりを見渡すと、いつもとは違って皆んなどこかそわそわして見えた。主に男子勢が。
いや、ちょっと違うかな。そわそわどころじゃないかも。だって女子が『チョコレート』という単語を発すると、全男子がビクリとしたりしちゃってるし。そわそわなんて軽く飛び越えてるくらいに意識しまくり。
で、お隣の席にいる小出さんも先程からずっと落ち着かない様子で、さっきから僕をチラチラ見ては手遊びを欠かさない。
そんな小出さんのそれが伝わってきて、僕まで緊張してきちゃった。手汗が止まらないんですけど。
でも、緊張はしてるのにウキウキしてる自分もいる。なんだか不思議な感覚だなあと思う今時分である。
(あー、なんか楽しみだなあー)
そう。楽しみなのだ。小出さんがいつ、どんなタイミングで僕にチョコレートを手渡してくれるのかが。休み時間かな? 昼休みかな? それとも放課後かな? まだ一時間目が終わったばかりなのに、僕の緊張リミッターはすでに針を振り切ろうとしていた。
とりあえず、いつも通り小出さんとお喋りをしよう。それで気持ちを落ち着かせよう。大好きな小出さんとお喋りしてれば、僕の緊張も解けてハッピーな気持ちでいっぱいになれる。そうすれば、小出さんの気持ちも柔らかくなるだろう。
「こ、小出さん? あのさ、今日は──」
「きょ、今日ぉーー!? きょ、きょ、今日はえーと……! は、はい、あのーー……」
小出さんは僕の声に驚き、体をビクリとさせて目をキョロキョロさせている。いや、『今日は少し暖かいね』って言おうと思ったんだけどね……。
「あ、いや、違うんだよ小出さん。今日は少し暖か──」
「きょ、キョウハヒガラモヨクー! アハハ、はい、そうですよね! あ、ちょっと私おトイレイッテキマスー!」
「あ、待って小出さん!」
小出さんは半分片言で言い終えたあと、ガタリッ! と、椅子から立ち上がると、ピューッと教室を全力疾走で出て行ってしまった。ああ……勘違いさせてしまった……のか? でも、とりあえず把握。やっぱり小出さんも意識しまくっているみたい。
──それからも。
二時間目、三時間目の休み時間も、小出さんは逃げるように教室を飛び出して行ってしまった。授業中も全く落ち着かずにそわそわしながら時計ばかりを気にしていた。
そして昼休み。いつもなら一緒にお弁当を食べる時間なのだが──
「小出さん、一緒にお昼食べ──」
「ご、ゴメンネ! ヨウジワスレテマシターー!!」
と、小出さんはバッグを持ってまたまたピューッと教室の外に飛び出して行ってしまった。ああ……僕が意識しすぎてるのが伝わっちゃったのかなあ。
で、僕は小出さんを探すべく、同じく教室を出て行った。廊下、昇降口、図書室。小出さんが行きそうな所を探してみたけど、いない。小出千佳、行方不明。
(あれ? そういえば……)
小出さん、教室を出ていく際にバッグも持っていったんだっけ。外でお弁当でも食べるつもりかな。でもまだ二月で寒いし、それは考えづらいか。
などと一人頭を回していると、廊下を歩く僕の耳に、どこからともなく聞き慣れた心地よい飴玉ボイスが耳に入ってきたのであった。
間違いない。小出さんの声だ。
「どこにいるんだろ、小出さん。こっちの方から聞こえてきたような……ん? 階段……? これ、屋上に通じてるやつだよね」
声が聞こえてきたのは、最上階の三階から屋上に向かうための階段からだった。僕はこっそり階段を上り、その陰で身を隠しながら声の主の姿を捉えようとした。
すると──
「す、す、好きです! わた、わた、わたた、私の気持ち、受け取ってください!」
小出さんの姿を見る前に、彼女のそんな声が聞こえてきたのである。
…………え?
こ、小出さんが、告白してる……!?
うそ……嘘だ! え? もしかして小出さん、僕の他に好きな人できたの!? できちゃったの!? それでバレンタインデーということでその人にチョコレートを渡そうと、朝からずっと様子がおかしかったの!? ええ!?
もしかして僕、付き合ったばかりなのに振られちゃたの!?
「こ、これ、昨日一生懸命作ったチョコレートです! あの……受け取ってください!」
緊張でガチガチの声で、小出さんは自分の想いを打ち明けていた。小出さんのいる場所を見る勇気が出ない僕は、頭を抱えながら階段の陰でうずくまってしまった。半泣き状態で。
「小出さんが、僕以外の男子にちょ、チョコレートを……」
思い上がりだった。僕は当たり前のように、小出さんからチョコレートを貰えるものだと思っていた。しかし、それは僕の慢心だったのである。いくらお付き合いをしているからといって、小出さんからチョコレートを貰えることを当然だと思っていてはいけなかった。
情けない……僕は情けない男である。だからきっと、小出さんも僕に愛想を尽かしてしまったのだろう。
でも、やっぱり好きだ。僕は小出千佳さんが大好きなんだ。小出さんが他の誰かにチョコレートを渡したとしても、僕の気持ちは変わらない。
今の僕にできるのは、小出さんが好きだと大声で叫ぶだけだ。
だから──
「小出さん! ちょっと待って! 好きです! 大好きです! だからもう一度、僕と一緒に!! ──って、あれ??」
「ふぁあああ!!! ええ!? そ、園川くん、どうしてここに!? あ、あ、あれ? もしかして、今の全部聞いてたの!?」
陰から飛び出し、僕は小出さんのいる階段のてっぺんに向かって猛ダッシュ。そこには小出さんと、チョコレートを貰う男子の姿──ではなく、小出さん一人の姿があった。手には可愛くラッピングされたチョコレートらしきもの。
僕達は顔を見合わせながら、屋上に通じる階段のてっぺんで呆然と立ち尽くしたのであった。
* * *
「予行練習?」
僕と小出さんは屋上に通じる扉にもたれながら、肩を並べて腰を下ろしている。下の階からは賑やかな生徒達の声が聞こえる。
小出さんは顔を真っ赤にしながら膝を抱え、事情を説明してくれた。
「う、うん……私ね、バレンタインデーにチョコ渡すの生まれて初めてで。それで、昨日からずっと緊張しっぱなしで上手くできるか心配で……。それで予行練習してたの」
小出さんの手には、赤いラッピングが施されたチョコレート。これを僕に渡すために、一生懸命『エアバレンタインデー』を行っていたのである。
愛の告白の、練習。
「そ、そうだったんだね……ところで小出さん、誰にチョコ渡すつもりだったの?」
「ふぇ!? ええ!? だ、誰って、も、もちろんこれは……」
答えの分かりきっていたのに、僕は意地悪な質問をもう一度投げかけた。
「誰に? 小出さんは誰が好きなの?」
その問いかけにあせあせしながら、小出さんは僕を見る。そして、小さく呟いた。『いじわる』、と。
だけど、彼女の口元には笑みが溢れ、ちょっと嬉しそうにはにかんだ。
小出さんは手に持っていた小さな可愛らしい箱を僕に差し出して、そして『予行練習』のと時とは違う、優しく柔らかな声で、その問いかけに答えてくれた。
生まれて初めて、バレンタインデーにチョコレートを貰う僕に。生まれて初めて、バレンタインデーにチョコレートを渡す小出さんが。
「──私が好きなのは、園川大地くんだけです」
『第32話 バレンタインデーだよ小出さん!』
【終わり】
ねこなさま🩷🎀@ペア画中