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午後の空は、不穏なほど静かだった。
太陽はまだ沈んでいないのに、雲が空を覆い、薄暗い影を地上に落としていた。
町の裏路地で、ナイトメアは蹲っていた。
服は泥と血で汚れ、頬は腫れ上がり、目の下には青い痣。
動かない。けれど、かすかに呼吸だけが続いていた。
「……これでわかったろ?もう俺らとのアソビをサボろうとなんてすんなよ? トモダチならな、フフッ」
冷笑混じりの声が飛ぶ。数人の子どもたちの笑い声が交じり合い、
ナイトメアの体を最後に一蹴して、その場を去っていった。
夕方の鐘が、どこか遠くで鳴り響く。
空虚に響くその音の中に──
「ナイトメア!」
草の中を駆ける小さな足音が混じる。
チミーは迷うことなく彼のもとへ駆け寄り、泥に膝をついた。
「……どうしたの、それ……」
チミーの声は震えていた。
けれど、怒りでも涙でもなく──彼女はそっと彼を抱きしめた。
「……大丈夫だよ。私は傍にいるから、壊れないで……」
ナイトメアは何も返さない。だが、その体はかすかに揺れた。
「行こう。ちゃんと手当てしよう?」
彼女は優しくナイトメアの体を支え、立ち上がらせた。
「……迷惑を、かけたくなかったんだ」
かすれたその声は、ひどく小さく、痛々しかった。
「迷惑なんかじゃないよ……ナイトメアのこと、私は──」
その言葉を飲み込んだチミーは、そっと唇を噛んで俯く。
──この人を、もう二度と壊させない。
あのとき守れなかった、“あの子”のようにさせない。
強い覚悟が、彼女の背中を支えていた。
彼女はナイトメアを支えながら、草原の小道を歩く。
わかっている。こんなことをしたら、彼にすべてが知られてしまうかもしれない。
でも、きっとわかってくれる。……そう信じていた。
やがて、小さな家のドアをノックする音が響く。
ドアを開けた僕は──その光景に、声を失った。
見知らぬ女の子。優しげな目をした、小柄なモンスター。
そして、彼女に支えられ、傷だらけで立っている兄弟。
顔から血の気が引いていくのが、自分でもわかった。
崩れてはいけない。表情は保たなくてはならないのに──
「なんで……ナイトメアが、ボロボロになってるの……」
彼の金色の瞳が揺れているのがわかった。
「初めまして、ドリーム。私はチミーって言います。いきなり押しかけちゃって本当にごめんなさい。だけど、早くナイトメアの治療をしないといけないの!」
「……! そうだね。ボク、治療箱をとってくるから……家の中にあるソファに、ナイトメアを寝かせてあげてくれる?」
「わかった」
少女──チミーと名乗ったモンスターは、丁寧な手つきでナイトメアをソファに寝かせる。
その手は、優しかった。
でも、そこにあるはずの“あたたかさ”に──
どうしてか、ボクの心は応えられなかった。
ピシ。
心に、小さなヒビが入る音がした。
部屋の中には、ナイトメアの静かな寝息だけが響いていた。
そして、誰にも知られず、静かに囁かれるように──
「運命の歯車は、回り始めた」