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(リアンはどこまで落ちる気なんだ?)
大人しく髪の毛に包まれたままになっている焔が不思議に思っていると、ストンッとリアンが即席で造った地面に着地した。彼の靴底が触れた位置を中心として、岩をくり抜いた様な雰囲気のあるただの空洞だった空間に雷のような光が走り、部屋として造り替えられていく。ただ空間を広げているでは無く、ヤケに物騒な品々が次々と並び始めた。
「……悪趣味だな」
地面に降ろされ、髪の拘束を解かれた焔が周囲を見渡す。薄暗い室内には様々な拘束具ばかりが点在し、牢屋とも鳥籠とも取れる巨大な檻まで姿を表していた。
「元の世界へは帰さないと言ったでしょう?」
傍まで近づき、焔の頬をそっと撫でてリアンがその鼻先に軽い口付けをする。爪で傷ついた箇所を癒していないせいで、焔の白い肌にリアンの血がベットリと残った。
「集めた条件的には、ハッピーエンドに辿り着ける可能性もあったんだけどな」
全くそのルートへは進む気のないリアンが溜め息混じりにそう呟き、焔の細い腰に腕を回す。
「でも焔は発言をミスったから、ね……」
俯き気味に言うリアンの顔には憂いがある。
「フラグの回収とやらに、失敗したのか?」
「よく言えました!」と言って焔の髪をガシガシと撫でた。子供扱いされた事で不満気な表情をする焔の、感情豊かな瞳込みで見られてとても嬉しくなる。
「本当は、手足を引きちぎって此処へ連れて来ようかとも思っていたんだが、やっぱり愛するなら五体満足のままがいいかなと思ってね」
はっ!と鼻で笑い、「この程度で俺を監禁出来たつもりか?」と言って、焔がリアンの胸を押して腕を突っ張らせた。
「やっぱり無理かな」
「あぁ、無理だな」
ふっと互いに笑みをこぼし、バッと二人が同時に距離と取った。
互いの首元の一部が少し裂け、血がたらりと滲んでいる。今さっきの刹那の間で、少しでも反応が遅れていたらどちらかの首があっさりと飛んでいた事が安易に想像出来たが、結果はわからない。だが、リアンを殺して元の世界へ帰りたい焔の方が躊躇なく動けるだろう事を考えると、命拾いしたのはきっとリアンの方だったのだろう。
「お前も随分と早く動けるんだな。動きが全く見えなかったぞ」
「そっちこそ。こうなると、強化しておくのは体力だけにしておくべきだったと後悔したくなるよ。ちょっとやそっとの攻撃じゃ死なないでいてくれないと、動きを奪いにくいからな」
また二人が笑みを浮かべあい、焔が手をバキバキッと鳴らす。
リアンは自分の周囲に多数の雷を出現させると、それらを全て鎖状に編み上げていく。少し触れただけでも感電し、動きを封じるだろう事が容易に想像出来る。
(あぁ。その鎖で拘束し、自由を奪ってこの部屋に閉じ込める気か)
焔は瞬時にそう察したが、ただ目を細めただけで、先に仕掛ける気配が無い。リアンが先に仕掛けても、対処出来ると踏んでの選択だった。
「俺の魔力を奪う様な真似はしないんだな」
リアンの問い掛けに対し、トントンッと目の横を軽くつつき、「コレか」と焔が言う。
「まぁ確かに。魔眼を使ってお前とその力を結ぶ『縁』を切れば、確かにすぐ済む話だな」
「……(あぁ、そういう仕組みか)」
ナーガとキーラが魔法を使えなくなった理由がわかりはしたが、だからといって、使われては避けられそうに無い。『目を見るな』とナーガが言ってはいたが、果たしてその程度で回避出来るのだろうか?と不思議に思っていると、焔が見下した様な目をリアンに向けた。
「だが、枷は必要だろう?俺が絶対に勝てる勝負なんぞつまらん。そんなのはただの苛めでしかないからな」
仄暗く、且つ嘲る様な笑みを浮かべる焔を見て、リアンの背にゾクッと悪寒が走ったのは確実なのに顔は何故か恍惚としている。それはまるで愛撫でもされたかの様な表情で、焔がどう捉えていいのか迷った。
「じゃあ、焔の瞳に見惚れていてもいいワケだ」
「そんな余裕があるなら、な」
そう言葉を交わした次の瞬間、リアンが雷で編んだ無数の鎖が焔に向かって襲いかかる。並行して足元を凍りつかせて回避行為を出来ないよう動きを奪った。
「なるほど、ね」
なかなかやるなと思いつつ、焔は体を隠す為にとリアンが貸してくれていたマントを翻し、それを使って全ての鎖を叩き落とす。足元にかかっていた氷属性の魔法は魔眼の力を使って一部だけ無効状態にすると、その場から飛び退き、少し離れた位置で地面に片手と片膝をついて着地した。一度は凍った状態にあった着物の裾の一部が砕けてボロボロと落ちる。細いふくらはぎは幸いにして無傷だったが、着物までは守りきれなかったみたいだ。
「そっちは色仕掛け、か?」
額に手を当て、はぁとリアンが溜め息をこぼす。当然の様に引っ掛かりそうな自分に対して情けない気持ちになった。
「マントは邪魔で仕方ないんだ、しょうがないだろう?それに今はお前しか居ない。俺がどんな痴態を晒そうが、問題無いと思うがな」
「それもそうだな。じゃあ遠慮なしに、もっともっと剥ぎ取っていこうか」 と、言うが早いか、リアンの周囲に今度は氷で作られたナイフが無数に舞う。『行け』と命令を下す仕草をすると、それらは一斉に焔の手足目掛けて飛んでいった。
今回はもうマントは使えない。面倒ではあるが、全て自力でどうにかするしか術がなく、仕方ないか、と諦めつつ焔は素早く動き、氷のナイフを叩き落とし始めた。躱しきれぬ氷のナイフが着物を遠慮なしに切り裂いていく。細く長い太腿が徐々に見えていき、胸元のはだけ具合も段々とアップしていった。
「いい眺めだな、もっともっと脱がせてやろうか?」
「本当にお前は悪趣味だな!」
ニッと笑うリアンに向かい焔が一足飛びに距離を詰めた。あまりの速さで防御壁を展開する間も無く、仕方なしに素手で応戦する。だが接近戦ではリアンには分が悪い。重たい一撃一撃を受けつつ強化魔法を自身へ重ね掛けし、何とか応戦出来てはいるが、どうしたって焔の攻撃は徐々にリアンの体力を削っていった。
「接近戦は苦手かと思っていたが、なかなかやるな」
「流石に焔ほどじゃないがね」
焔からの蹴りや爪での攻撃を時折回避しそこねてしまい、リアンの着ている服も少しづつボロボロになっていく。だが表情は、どちらもなんだかちょっと楽しそうだ。
「やれば出来る子ってヤツか」
焔の飛び蹴りを躱す事を諦め、両腕を交差してそれを盾がわりにし攻撃を受け止めた。ピシリと骨にヒビが入った気がしたが、痛みよりも焔と交戦する事で得られる興奮や快楽が優ってしまう。もっともっともっと!と、リアンのテンションは上がりっぱなしだ。
「えぇ、なんだってやりますよ。アンタの為ならな、な!」
ガード一辺倒だったリアンが今度は腕に炎を纏わせ、焔に対して振り上げた。彼の黒い髪に火が少し擦って燃え落ち、焦げた匂いがする。なのに本気での殴り合いが楽しくって堪らず、炎があろうがなんだろうが、構わず焔も反撃を続けた。
肌が焼けようが、笑いながらリアンの打撃を素手で受け止め、即座にやり返す。瞳孔が開き気味になり少し不気味なのに、そんな焔からリアンは目が離せない。どんな姿であろうが、リアンの瞳には焔が可愛く映ってしまう様だ。
「なら死ぬのだって構わないんじゃ無いのか?」
「元の世界へ帰す事だけは、絶対に嫌なんでね!」
リアンが真っ黒い枷を一瞬で空中に造り出し、焔の両手両足首をがっしりと嵌った。
急に体が重くなった事で「うぐっ」と声をこぼし、焔の体が下へ向かって少し沈む。石造の床に出来上がったヒビ割れた様なへこみが枷の重さを物語っている。普通の者ならばとっくに床へ伏せって動けなくなっているところだろう。
「流石だな、微動だにも出来なくなると思ったんだが」
「この程度の重さなら舞いだって踊れるさ」
「じゃあ、宣言通り踊ってもらおうか!」とリアンが言い、笑みを浮かべて「ベッドの上でならどうだ?」と言葉を続けた。
「悪い提案じゃないが、ソレはまた今度にしておこうか」
多少動きは鈍くなっているものの、両手首に重量のある枷を着けたまま胸に目掛けて手刀を真っ直ぐと振り下ろしていく。
この一撃を躱されたら、少しはリアンの戯言に付き合ってやるか。
そうは思いながらも、渾身の一撃と言うに相応しい殺気だ。赤い瞳にもそれが滲み出ており、リアンの全身がビクッと跳ねる。
『恐怖』とはまさにこの事か、と頭の隅によぎった。
早く防がねば。
そう思考しているのに何故か体が動かない。目前に存在する鬼の放つ殺気が怖いからだなんて単純な理由では無く、もっと別の考えがリアンの思考を支配した。その考えが何をしても拭えない、平伏して従わねばならない気さえしてくる。まるでこの先に待つ結果により得られるモノが、何物にも変え難い程の興奮を自分に与えてくれると既に知っているみたいに——
ぐしゃり——……ブシュッ、ずくっ……
肉を貫き、骨を砕き、内部を抉る音が二人の耳に届く。
「あぁ……んっ」
嬌声にも似た声をリアンがこぼす。口の端からはつつっと血が流れ落ちたのに、ふふっと彼は楽しそうに笑った。
「……避けれた、だろう?」
「そう、だな……。あぁ、うん、多分そうだった。枷のせいで、動きが少し遅かった、しな」
焔は酷く驚いた顔をしながら慌ててリアンの体を難無く貫いてしまった腕を引き抜こうとした。だがその行為はリアン自身の手によって阻まれてしまう。二の腕をがっしりと掴まれ、引き抜く方向へは動かせない。
「は、離せリアン!」
「駄目ですよ。抜いちゃ……もっと深く、もっと奥まで挿れてくれてもいいんですよ?」
焔の耳元に顔を寄せ、場違いな甘い声で囁いた。
それを無視して腕を抜こうと焔はもがくが、その度に体内をかき混ぜられた様な激痛がリアンの全身に走る。あまりの痛みで気を失いそうになるが、例えようのない満足感と充足感だけでなく快楽をも同時に感じた。
今、この体の中に焔がいるのだと思うと、性交にも似た興奮を抱いてしまう。
「んっ……あぁ!」
快楽に浸っている様な顔をされ、焔が困惑した。だが、血の気の引いた青い顔をしているくせに何故か高揚した様子のリアンを見ているうちに、彼も変な気分になってくる。
「リアン……」と、低い声で名前を呼びつつ、焔がリアンの唇を奪う。彼の望み通りに腕を更に奥へ貫通させると、「んぐっ!」とリアンが叫んだが、まるでイキそうなのを堪えているみたいな反応だった。
血溜まりになっている口内で舌を絡めあい、互いにリアンの鮮血をごくごくと飲み込んでいく。人ではないが故にすぐには死ねず苦しいだろうに、リアンは焔の着物の中へ手を入れ、胸の先を愛撫しだした。
「んな⁉︎ば、馬鹿かお前は!」
「んー……でも、ずっと美味しそうだなと思ってた、から、つい」
明らかにそれどころではないのに、リアンがニコッと笑った。楽しそうに笑いつつ、頭の中では、どうして自分は『この一撃を避けちゃいけない』だなんて思ったんだろうか?と考えた。だがすぐに目の前にいる美味しそうな体から目が離せなくなり、どうでもよくなっていく。
焔を喰べるみたいに首元へ噛みつきたいが、力が入らない。
(……あぁ、もう時間が来たのか)
目蓋を閉じ、胸元に触れていた腕を焔の背中側に回す。そして我が身に取り込むくらいの勢いで抱きしめようとしたが……もうそれも叶わない様だ。
あと少し、もう少しだけでも長く隣に居たかった。
(最後の夜くらい、ちゃんと傍にいれば良かったな)
素知らぬ顔で共に城まで行き、いきなり目の前で裏切るのも今更気が引け、どういったタイミングで何をどうするか考えあぐねた結果、瓜二つの体を即席で造りあげて焔達の側にそれを置いておいた事を今更後悔してももう遅い。
「……ずっと一緒に、居たかったんだが」
ぽすんと焔の肩に頭を預け、リアンがぽつりと呟く。
もうこれで焔とは二度と逢えないのだと思うと胸が苦しくって仕方がないのに、あの攻撃を回避しなかった事に対して不思議と後悔の念がわいてこないのは、懐かしさすら感じられるこの痛みのおかげだろう。
「焔は……違ったんだな」
切なそうな顔でそう言った瞬間——
リアンの体が一斉に塵と化し、焔の前から消えていった。
「……終わった、のか?」
血だらけになった腕にゆっくりと視線を落とす。内臓に触れていた生温かい感覚がゆるりと消えていくにつれ、帰る為にはやむを得ない行為なのだからどうせ感じぬと思っていた罪悪感が、胸の奥でじわりと生まれた。
ぽつり、ぽつり、ぽつり……。
彼の赤い瞳から涙が零れでて、真っ赤な手の平の上に落ちていく。徐々に目の前が霞んでいき、数十秒後には焔の瞳に映る全てのものが真っ黒く塗り潰されていった。