テラーノベル
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第1話 拒絶の声
「栖梧さん、これは……」
澄明が、訓練室の硝子越しに中の様子を見つめていた。その視線の先には、半獣型の小型霊獣がいる。ふわふわとした橙色の体毛。瞳が、落ち着かなげに揺れている。
その隣には、別の半獣型――大型霊獣が寄り添っていた。鋭い瞳。攻撃性と支配性の強い由来を持つ個体だ。
「彼、ずっとあの子の周りをぐるぐる回っているね」
汀生が、静かな声で呟いた。
「……危険です。マーキングの前に、威嚇の姿勢を取っている。小型の霊獣はまだ翻訳の訓練が始まっていません。言葉を発することもできない」
栖梧の声は冷静だったが、指先がわずかに震えていた。
「あのままでは、彼は恐怖で固まって、排泄の訓練すら始められずに退行するかもしれません」
澄明はゆっくりと瞬きをして、頷いた。
「介入します。ただし、慌ててはいけません。彼らのからだに触れる前に、まずは声を」
澄明が室内へ入っていく。汀生は香を焚く準備を始め、栖梧は記録表をめくりながら対応手順を確認する。焚かれる前の香の匂いが、扉の隙間からわずかに漏れていた。
扉が開く音に、大型霊獣が耳を立てた。小型霊獣は、その気配だけでさらに震えを強くする。
大型霊獣が、小型霊獣の背中にゆっくりと顎を擦り付けた。明確な所有のマーキング。小型霊獣の体毛が逆立ち、息が荒くなる。
澄明は動作を止めず、ただ静かに見守りながら言った。
「君は守りたいんだね。その子を。でも――その子の言葉を、感じ取れるかい?」
大型霊獣が一瞬、動きを止める。澄明の言葉の意味を測るように、金色の瞳が揺れた。
その時、小型霊獣が初めて声を発した。
「……は、なれ……ろ……」
震える、か細い、唸りにも似た音。言葉にはなっていない。それでも、明確な拒否の合図だった。
汀生が香を焚く手を緩め、栖梧が記録表の筆を置く。室内の空気が、一拍、止まった。
澄明は小型霊獣に優しく微笑みかけ、次に大型霊獣の目を真っ直ぐに見た。
「彼は、今はまだ自分の意思を上手く言葉にできない。でも――あの音が何を伝えているか、君にはわかるだろう?」
大型霊獣の耳が、ぴくりと動いた。金色の瞳から攻撃的な光がゆっくりと消えていく。代わりに浮かんだのは、困惑と、ほんの僅かな哀しみだった。
守りたいと思った相手に、拒まれる。その意味を、彼はまだ持ち始めたばかりの言葉で理解しようとしていた。
「……彼は、あの音で、俺を拒んでいるのか」
声が、わずかに掠れていた。澄明が静かに頷く。
「今はまだ、音は少ない。けれど、君にはそれが伝わった。だから――少しだけ距離を取ってみましょう。彼を安心させるために、後ろの椅子に座っていてください」
大型霊獣は一瞬、小さな霊獣を惜しむように見つめたが、やがてゆっくりと後退り、椅子に腰を下ろした。爪先が、床を強く掻いた跡が一つ残った。小型霊獣の震えが、少しだけ収まる。
汀生がそっと寄り添い、喉から低い音を発した。霊獣同士の言語に近い、優しい調べ。小型霊獣の体から、少しずつ力が抜けていく。
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低気圧
42
2,687
栖梧が記録表に書き込みながら言った。
「この個体は、守護種の由来を持っています。攻撃性は支配ではなく、保護欲求に由来するもの。適切な翻訳関係を築ければ、良い保護者になるでしょう」
澄明が微笑む。
「まずは、言葉を学ぶのが先決ですね。ゆっくり、一緒に」
コメント
1件
うわぁ〜〜第1話からこのクオリティ…!😭💕 「はな、れ……ろ……」の震える声、めっちゃ刺さったよ…! 大型霊獣の “守りたいのに拒まれる哀しみ” が伝わってきてキュンより切なさが勝った…。 澄明の優しい導き方、プロすぎる…!この世界観、もっと知りたい…続き読みたい…!🌸