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 マッドハッター 〜 白幻の森にて 〜

 クロウとサラマンダーを連れて、白幻の森に入った。森の奥へ行けば行くほど、寒さが増した。サラマンダーの火属性の加護があってもこちらにデバフがかかる。

 「これは早急に決着をつけたいところだな。」

 「! 我が主、レイスのかまいたちの音が近いです!」

 私はポッケから、石炭を取り出してサラマンダーに与えると、尾の炎が大きくなった。石炭はあと五つ。石炭がそこを尽きる前に一気に決めなければ、こちらが負ける。

 「行くぞ、離れるなよ。」

 私達が音のする方へ向かうと、ツリーテイルに囲まれて、苦戦しているレイスとスパイキー達がいた。レイスの作るかまいたちは、回転しながら飛んでいくため、決まった方向に飛んでいくことができない。ので、中々厳しい様子だった。

 私は杖の持ち方を変えて、槍を投げるように思いっきり一体のツリーテイルめがけてぶん投げた。

 「再召喚する。行け、クロウ!」

 「はいっ!」

 投げた杖は一体のツリーテイルの顔の横に見事に突き刺さる。杖の刺さった箇所から一つの魔法陣が浮かび上がった。私は人差し指と中指、親指の三本の指を杖に向けて、詠唱した。

 「一つ目に嘴を向けて、二つ目に羽根を広げて、三つ目には絶望を。還(き)せ! クロウ!」

 隣を飛んでいたクロウの姿が消えると、ツリーテイルに刺さっている杖から浮かび上がった魔法陣からクロウが召喚された。クロウは翼を広げると、ツリーテイルに刺さった杖を足で引き抜いては、レイスとスパイキー達に加勢した。

 「クロウ!」

 「…やれやれ、無茶な召喚の仕方をするね。我らが団長は。」

 「無駄口は後にしろ。」

 杖があたったツリーテイルは口を開けたまま痙攣し、その場でゆっくり倒れた。こいつらの無数の赤い目には私の姿が映っている。

 「覚えておけよ。これがお前たちが見る最期の景色だ。」

 指をぱちんと鳴らすと、肩に移動していたサラマンダーが口から火を吹いて、倒れたツリーテイルを焼き尽くした。その光景に他のツリーテイル達は後ずさりしたが、今更逃がすわけない。

 「完膚なきまでに、叩き潰せ。」

 私の前にスパイキー達が並ぶと、一気に形勢が逆転した。残ったツリーテイル達は話が違うと言いたげにシモドリを見つめる。シモドリもおどおどしており、一瞬で自分達が不利になるとは思ってもいなかったようだ。

 「…ハッター、あの子はどうする?」

 レイスが耳元でぼそっと呟いた。本来ならこのツリーテイル達と同じ末路を辿らせるところだが。

 「…。」

 スパイキー達が何やら、思うことがあるようだ。ならば、生け捕りにするしかないだろう。しかし、周りのツリーテイルが邪魔だ。

 クロウから杖を受け取ると、帽子のつばを直す。ツリーテイルは喉を震わせて、森中に鳴き声を響かせた。これは、一種の虫の知らせというやつだろうか。仲間を呼んでいる。

 「…これはまずい、かな?」

 レイスは両手でかまいたちを作りながら言うと、クロウは森の奥を睨みつけ、肩にいるサラマンダーも威嚇をするように尾の炎をメラメラと燃やす。

 「レイスとスパイキー達はやつらの動きを封じろ。クロウ、お前はサラマンダーを抱えて応戦しろ。」

 「! それでは、我が主が!」

 「私のことはいい。まずは目の前の敵に集中しろ。」

 私はサラマンダーをクロウに託すと、杖を雪に突き刺し、詠唱の準備をする。悴(かじか)んできた指で、雪の上に魔法陣を二つ描く。アルマロスから出る前に、準備はしておけと伝えたから召喚しても問題はないはず。

 「やれやれ、明日はまともに動けないかもしれないな?」

 描いた魔法陣はそれぞれ違う色を放ちながら発光し、私の詠唱を待っていた。

 「闇の底より深く、翼を宿した生命の蠢きよ。その翼に宿る闇の力、その牙に秘められた尖鋭なる力。黒き夜を舞台に、我が手中に宿れ。…盈(み)たせ、ヴァンプ。」

 薄紫色を放っていた魔法陣が詠唱に応えるように輝くと、黒い影と共に一体の蝙蝠(こうもり)を召喚した。その蝙蝠は紫色の体を持ち、尖った牙、そして、大きな黒い翼を持つ魔物。吸血蝙蝠の<ヴァンプ>だ。

 「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン…なんちって。」

 ヴァンプは、ぱたぱたと翼を広げながら、体が反対方向を向いてしまっている。私は、ジト目をしながら相手に聞こえるように「ゴホン。」と咳払いをすると、やっと自分が反対の方向を向いてると自覚したのか、正面を見た。

 「…お前は魔法陣で呼んでも、方向音痴は変わらないのか。」

 「そ、そんなこたぁ、ありゃせんよ!? ただ、魔法陣で呼ばれると正しい向きがわからないだけで…。」

 「…大地の深淵より。」

 「無視しないでくだせえ!?」

 人の腕にしがみついて、ビービー泣いているヴァンプを後回しにし、まだ残っている黄金色に輝く魔法陣に詠唱を聞かせる。

 「大地の深淵より、古代の泥と石より成り立つ存在よ。我が叡智により、古の言葉を唱えん。地上の魂と深い共鳴を成し、真実の言霊と結びつき、具現化せよ。…鳴らせ、ノーム!」

 黄金色の光を帯びた魔法陣からは、小さな角と金槌を持ち、茶色いボロ布に覆われた小人の魔物<ノーム>が出てきた。

 「ノムム〜!」

 なんとも可愛らしい声を出しながら、雪に着地したノーム。そのまま、上半身が雪に突き刺さってしまい、見えている小さな黒い足がじたばたしている。

 「こらこら、雪遊びはまた今度な?」

 私は雪に突き刺さったノームを救出し、手の平に乗せると、顔についた雪をぶんぶんと振り払うノーム。指で軽く撫でてやるが、布で覆われているため、顔の表情はわからない。しかし、影から見える二つの目が細められているという事は喜んでいるのだろう。

 「ハッター!」

 綺麗にバク転をしてこちらに後退してきたスパイキーとスパイク。レイスとクロウ、サラマンダーも私の近くまで後退してきた。目の前にはツリーテイルが三体。

 「…ハッター。今日はやけに勢揃いだね?」

 私が召喚したヴァンプとノームを見るレイス。珍しい組み合わせ、とでも言いたそうな面子が揃ってる。ガーゴイルに、二つの魂の入った道化人形、風の精霊。そして吸血蝙蝠に、ノーム、サラマンダー。

 それぞれ属性も特技も力のバランスも違う。だが。

 「十人十色。それが我らサーカス団だ。…さぁ、そろそろフィナーレと行こうか。」

 私が不敵に笑って見せると、その場にいる全員が頷いた。辺りはすっかり暗くなり、風も次第に強くなると同時に寒さもまた一段増した。

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