テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
182
ruruha
第十三話【中身を見るな】
ホテルの部屋は、妙に静かだった。
机の上。
透明な証拠袋に入った一本のUSBメモリ。
たったそれだけで、空気が張りつめている。
「……で」
北松誉が言う。
「これ、どうするんですか」
相良は腕を組んだまま答えた。
「本来なら、専門部署に回して解析です」
「“本来なら”ってことは」
「時間がない」
シオンが壁にもたれたまま言う。
「今夜中に動きがあるかもしれないしね」
「だからってここで開くの、危なくないですか」
「危ない」と相良。
「ですが、内容次第では次の動きが読める」
誉はUSBを見つめた。
小さい。
軽い。
でも、これが事件の中心にある。
「……ウイルスとか」
「可能性はある」
「ですよね」
「だからネットワークから完全に切り離した端末で確認します」
相良が用意していた古いノートPCを取り出す。
「これなら外部接続はされていない」
「用意いいな……」
「こういう仕事なので」
誉は思わず背筋を伸ばした。
ただの“覗き見”じゃない。
これはもう、踏み込む行為だ。
「……見ますか」
相良の言葉に、誰もすぐには答えなかった。
沈黙。
その中で、シオンが一歩前に出る。
「見る」
短く言う。
迷いはなかった。
誉はその横顔を見て、ふっと息を吐く。
「……ですよね」
「北松は?」
「見ます」
「なんで」
「ここまで来て見ないほうが怖いです」
シオンが少しだけ笑った。
「いいね」
「よくないです」
USBが差し込まれる。
カチ、と小さな音。
画面にフォルダが表示される。
シンプルだった。
・DATA
・LOG
・LIST
「……シンプルすぎて逆に怖い」
誉が呟く。
相良がまず“LIST”を開いた。
瞬間。
「……っ」
誉の喉が詰まる。
画面に並んだのは、名前の羅列。
日本人名。
英語表記の名前。
企業名らしきもの。
メールアドレス。
電話番号。
そしてその横に、金額。
「……これ」
「顧客リストだな」と相良。
「顧客って」
「売る側と買う側、両方の可能性がある」
誉は画面を見つめた。
一件や二件じゃない。
数百。いや、もっと。
「……やばすぎる」
「うん」とシオン。
「これだけで何人終わるか分かんない」
詩織が青ざめた声で言う。
「秋山、これ追ってたの……?」
「たぶんな」とシオン。
「で、消された」
誉は拳を握った。
ただの好奇心じゃない。
これは、見たら戻れない領域だ。
次に“DATA”。
開いた瞬間、画像とテキストファイルが大量に並ぶ。
身分証の写真。
口座情報。
ログイン画面のスクリーンショット。
「……これ全部」
「盗まれた個人情報だな」と相良。
「売るための“商品”」
誉は吐き気をこらえる。
「人の人生、丸ごとパーツにしてるみたいな……」
「そういう商売」とシオン。
その声には、ほんの少しだけ嫌悪が混じっていた。
最後に“LOG”。
これが一番厄介だった。
開いた瞬間、びっしりと並ぶ時刻とコード。
「……暗号?」
「簡易的なやつだな」と相良。
「でもパターンはある」
シオンが画面を覗き込む。
「これ、端末のIDと動きの記録っぽい」
「端末って、飛ばしスマホ?」
「たぶん」
誉は目を凝らした。
数字と英字の羅列。
でも、どこかに規則性がある。
「……あれ」
「何」とシオン。
「これ、時間」
「うん」
「全部、“同じタイミング”で区切られてません?」
相良が拡大する。
たしかに、ログは一定の間隔でまとまっている。
「……広告モニター」
シオンが呟く。
誉も頷いた。
「はい。あの切り替えのタイミングと、たぶん一致してる」
「つまり」と相良。
「モニターの切り替えが“通信の合図”」
「はい」
誉の中で、一気に線が繋がる。
「だから場所がバラバラでも、同時に動ける」
「しかも外からは分からない」
「……やばいな」
シオンが低く言った。
「完全にシステム化されてる」
その時だった。
誉の視線が、ログの一番下に止まる。
「……これ」
「何」
「一番新しいやつ」
相良がスクロールする。
最新のログ。
そこには、短い一文。
NEXT:02:30 SITE-B
部屋の空気が止まる。
「……2時半?」
誉が呟く。
時計を見る。
現在、1時50分。
「あと……40分」
「SITE-Bって何だ」とシオン。
「別の受け渡し地点の可能性が高い」と相良。
「Aがさっきの新宿」
「で、Bが次」
誉は息を吸った。
「……まだ終わってない」
「終わってないどころか」とシオン。
「これが本番かも」
相良が即座に動く。
「全班に通達。次の動きは02:30、“SITE-B”」
「場所の特定急げ!」
誉は画面を見つめたまま言った。
「……でも場所書いてないですよ」
「ヒントはあるはずだ」と相良。
「ログをもう一度見ろ」
誉は画面にかじりつく。
時間。
ID。
規則性。
そして——
「……あ」
「何」とシオン。
「これ、アルファベット」
「うん」
「AとBだけじゃなくて、C、D……ある」
「ほんとだ」
「全部、順番に動いてる」
誉の脳が高速で回る。
「駅、じゃない」
「じゃあ何」
「エリア分けです」
「エリア?」
「新宿を中心に、ブロックで分けてる」
シオンの目が細くなる。
「じゃあBは」
「……西じゃなくて、北側」
誉は思い出す。
モニターの配置。
人の流れ。
“似た条件の場所”。
「……歌舞伎町の外れ」
「具体的には」と相良。
「小さいクラブとかライブハウスが集まってる通り」
シオンがすぐに反応する。
「……あそこか」
「知ってるんですか」
「うん。昔、対バンで行ったことある」
相良が短く言う。
「行きます」
「今から?」
「間に合うかギリギリです」
誉は立ち上がった。
心臓が速い。
怖い。
でも、それ以上に。
「……終わらせましょう」
自分でも驚くくらい、はっきり言えた。
シオンが少しだけ笑う。
「いいね」
「やめてください、その反応」
「でも本音でしょ」
「……まあ」
USBはただのデータじゃなかった。
これは、動いている仕組みそのもの。
そして今、その仕組みはまだ動いている。
止めるなら、今しかない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!