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第十四話【SITE-B】
午前二時二十分。
新宿の夜は、まだ終わっていなかった。
ネオンは少しだけ弱くなり、酔った人間が増える時間帯。
だが完全に静まるには、まだ早い。
「……あと十分」
北松誉が息を整えながら言う。
「ギリギリだな」
シオンは周囲を見回す。
場所は歌舞伎町の外れ。
小さなライブハウスやクラブ、バーが密集した通り。
看板は多いが、人通りはメインストリートより少ない。
「ここで合ってるんですよね」
「たぶんな」とシオン。
「“A”と同じ条件で、“少し外れた人の流れがある場所”。当てはまるのはここくらい」
相良はすでに配置を指示していた。
「入り口側に二名、通り抜け導線に三名。一般客の動きを優先しろ」
インカム越しに短い返事が返る。
誉は深く息を吸った。
今回は“見る”だけじゃない。
止める。
それがはっきりしている分、逆に怖い。
「北松」
「はい」
「さっきの感じでいい」
「さっき?」
「違和感あったらすぐ言う」
「……分かりました」
シオンが横で軽く言う。
「あと無理そうなら逃げろ」
「逃げませんよ」
「いや逃げて」
「どっちですか」
「生きてるほう」
「……それはまあ」
少しだけ笑う余裕が戻る。
だがその直後。
『モニター切り替え、十五秒前』
インカムの声。
空気が変わる。
誉の心臓が一気に速くなる。
「……来る」
周囲を見る。
通りの端。
コンビニ前。
クラブの入口。
喫煙所。
全部が“あり得る場所”に見える。
「どこだ……」
誉が呟いた瞬間だった。
「北松」
シオンが低く言う。
「左」
反射的に見る。
路地の入り口。
フードをかぶった男が立っている。
手には——紙袋。
「……いた」
誉の声がかすれる。
男は周囲を見ない。
ただ、タイミングを待っているように見える。
『五秒前』
インカム。
その時、反対側のクラブのドアが開いた。
中から出てきた男。
黒いジャケット。
そして——
わずかに引きずる足。
「……高瀬」
シオンの声が低く落ちる。
誉は息を止めた。
距離は十メートルほど。
人の流れが間にある。
高瀬は紙袋の男に近づく。
ゆっくり。
自然に。
何でもない顔で。
『切り替え』
その瞬間。
高瀬と男がすれ違う。
——が。
「……あれ」
誉が呟く。
「どうした」とシオン。
「渡してない」
「は?」
確かに。
肩が触れた。
だが、紙袋は動いていない。
「フェイント?」
その直後。
誉の背中に寒気が走る。
「……違う」
「何が」
「こっちじゃない」
「え?」
誉は振り返った。
通りの奥。
別の路地。
そこに、もう一人いた。
黒い帽子。
細身の男。
そして——
紙袋を持っている。
「二つ目!」
誉が叫ぶ。
「本命はそっち!」
相良の声が飛ぶ。
「奥の路地を押さえろ!」
私服警官が一斉に動く。
だが、その瞬間。
奥の男が走った。
「逃げた!」
誉も反射で駆け出す。
「北松!」とシオン。
「今度はこっちです!」
路地へ飛び込む。
狭い。暗い。足場が悪い。
前方に男の背中。
紙袋を抱えて走っている。
「止まれ!」
誉が叫ぶが、止まるわけがない。
その時。
横から影が飛び出した。
シオンだった。
「任せろ!」
低く言って、一気に距離を詰める。
速い。
誉が驚くくらい速い。
数秒で男に追いつく。
「くそっ!」
男が振り返りざまに何かを投げる。
「っ!」
シオンがそれを避ける。
その隙に男が方向転換。
だが。
「そっちは行き止まりだ」
シオンの声。
男が足を止める。
振り返る。
その瞬間、シオンが一歩踏み込む。
——ドン。
鈍い衝突音。
男が地面に倒れる。
紙袋が転がる。
「はぁ……っ」
シオンが息を整える。
「……終わり」
誉が遅れて追いつく。
「……っは、はや」
「遅い」
「無茶言わないでください」
相良たちもすぐに合流。
「確保!」
男はその場で押さえ込まれる。
誉はその様子を見ながら、膝に手をついた。
「……捕まった」
「うん」とシオン。
「今回はちゃんと」
誉は顔を上げる。
「……高瀬は?」
その一言で、空気が変わる。
相良が低く言う。
「囮側は取り逃がした」
「やっぱり……」
「ですが」
相良は紙袋を拾い上げる。
「こちらが本命の可能性が高い」
誉は息を飲む。
袋の中身が、ゆっくりと取り出される。
出てきたのは——
小型の機器。
USBではない。
もっと大きい。
「……これ」
シオンが呟く。
「ルーター?」
「ええ」と相良。
「携帯回線の中継装置です」
「……つまり」
誉の声が震える。
「これで通信網を繋ぐ?」
「その可能性が高い」
シオンが低く言う。
「飛ばしスマホと、USBのデータ」
「全部ここに繋がる」
誉は理解する。
これがあれば、どこからでも情報を流せる。
追跡も難しくなる。
「……これが本命」
「ええ」と相良。
「少なくとも、その一部」
誉は深く息を吐いた。
止めた。
確かに一つ、止めた。
でも——
「まだ終わってない」
シオンが言う。
「高瀬が逃げてる」
誉は頷く。
「はい」
「しかも」
「しかも?」
シオンは少しだけ笑った。
「たぶん、まだ上がある」
誉はその言葉に、ぞくりとした。
ここまで来て、まだ“上”。
それはつまり——
「……終わり、近いけど」
「簡単には終わらない」
「そういうやつですね」
「そういうやつ」
相良が通信を終え、こちらを見る。
「一旦撤収します」
「次は」とシオン。
「USBの解析結果と、この装置の関連を洗う」
「で、高瀬の居場所」
「必ず掴みます」
誉は静かに頷いた。
呼吸はまだ荒い。
足も少し震えている。
でも。
「……ちゃんと、止められましたね」
小さく言うと、シオンがちらりと見る。
「半分ね」
「またそれですか」
「でも今回は大きい半分」
誉は少しだけ笑った。
「それならまあ、許します」
夜はまだ終わらない。
だが確実に、終わりへ近づいている。
その中心には、まだ高瀬がいる。
そして——
シオンの過去も、そこにある。
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