しばらく二人は無言で星空を眺めていた。
だが、美宇は朔也が「もうバスターミナルには行かない」と言ったのを聞き、こう尋ねずにはいられなかった。
「でも、もし彼女への愛が少しでも残っているなら、無理に忘れる必要はないと思います。そのときが来るまで待てばいいのでは?」
彼女の言葉に、朔也はキョトンとした顔をした。
美宇は何か失礼なことを言ったのかと不安になり、自分が言った言葉を心の中で繰り返す。
しかし、特に問題はなかった。
すると、突然朔也が笑い出した。
「あははは」
「?」
美宇が困った顔をしても、朔也の笑いは止まらない。
彼女は戸惑いながら、仕方なく朔也の言葉を待つ。
やがて笑いが収まり少し落ち着いたところで、朔也が言った。
「ごめん、誤解させちゃったね。香織はあくまでも後輩で、妹のような存在だった。だから恋人じゃないんだ」
「え?」
「たしかに香織からは何度も付き合ってほしいと言われたけど、僕は最初から妹としか思えなかった。情に流されて付き合うようなことはしたくないしね。だから、常に一線を引いて、良き先輩・後輩として接してきたんだ」
「あ……」
美宇は、自分の予想が大きく外れたことに驚いていた。
(忘れられない恋人じゃなかったんだ……)
言葉を失った美宇に向かって、朔也が続けた。
「香織は亡くなる前、見合いで清水さんという人と出会い、婚約したんだ。自分の気持ちにけじめをつけてから結婚したいと、あの日斜里へ来る予定だった。もし来ていたら、食事をして香織の婚約を祝うはずだった。でも、彼女は来なかった」
美宇は、その悲しい事実に衝撃を受ける。
「じゃあ、あの事件があった日に……?」
「うん。香織は、清水さんから贈られた婚約指輪を僕に見せつけてやるって笑ってた。そして、今すごく幸せだとも言ってた。だから、彼女が幸せになれるなら最後の願いを聞こうと思ったんだ。でも、あのとき断るべきだった……それを僕はずっと悔やんでる」
朔也が切ない表情を見せたので、美宇の胸はズキンと痛んだ。
彼女は必死に慰めの言葉を探した。
「運が悪かったんだと思います。決して青野さんのせいではないかと……だから、そんなに自分を責めないでください」
「ありがとう。でも、やっぱり悔やまれるんだよね」
そこで美宇は話題を変えようと、朔也に尋ねた。
「婚約者の清水さんという方は、今、どうしていらっしゃるんですか?」
「今度結婚するらしい。10年経って、ようやく踏ん切りがついたんだろうな。この前、君に電話した夜に食事した相手は、その清水さんなんだ」
「そうでしたか」
二人が今、良い関係でいると知り、美宇は少しホッとした。
「清水さんが前に進み始めたのを見て、僕も前を向こうと思えたんだ。だから、11月11日にバスターミナルへ行くのは、今年で最後にしようと思う」
その言葉を聞いて、美宇は咄嗟に口を開いた。
「今年で最後なんて、決めつけなくてもいいのでは? 行きたいって思ったら行けばいいし……もっと気楽に考えてもいいと思います」
「えっ?」
美宇の言葉に、朔也が少し驚いたような表情を見せた。
「だって香織さんは、これからも青野さんの心の中でずっと生き続けるんですから」
「…………」
そんなアドバイスは初めてだったので、朔也は新鮮な気持ちに包まれた。
目の前にいるこの女性は、深い愛情を心に秘めた人なのかもしれない……そう感じた。
「ありがとう。そうだね、そのときどきで柔軟に対応するのもありだよね」
「そうですよ。所詮、人間なんですから、想いだってコロコロ変わるし……。だから「これだ!」って決めつける必要はないと思います」
きっぱりと言い切った美宇の横顔に、朔也は見とれていた。
その瞬間、はっきりと自分の気持ちに気づき、思わず笑みを浮かべた。
「じゃあもし来年、またバスターミナルに行きたくなったら、一緒に行ってくれる?」
突然のお願いに、美宇は驚いて朔也を振り返った。
すると、彼は真剣な眼差しで美宇を見つめていたので、彼女の心臓が高鳴った。
(どういう意味? 私と一緒に?)
その言葉の真意がわからず、美宇はとっさに誤魔化すように答えた。
「いいですよ。あのバスターミナルの前にあるレストラン、すごく美味しいんです。ご馳走してくれるなら、喜んでお付き合いします」
「もちろん! そのくらいで付き合ってもらえるなら、お安い御用だよ」
先ほどまでの真剣な表情は消え、朔也はいつものように茶目っ気たっぷりに言った。
そのとき、二人の真上でいくつもの星が流れ始めた。
「お、来たな」
「わあ、すごい……また星が降ってる……」
「今年は半端ない量の星が流れるね」
「はい。一生の思い出になります」
美宇はそう答え、笑顔で夜空を見上げた。
きらめく流れ星を眺めながら心に思う。
(たとえこの恋が叶わなくても、私はこの流星群の夜を一生忘れない……)
美宇は夜空を見上げながら、満足気に穏やかな笑みを浮かべた。
二人の頭上には、降り注ぐ流れ星と満天の星々が、夜空を鮮やかに彩っていた。
コメント
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美宇ちゃんの懐がとても深くて朔也さんがほのかに甘えてるのがいいなぁ🌸 香織さんが彼女でないとはっきり伝えたけど、美宇ちゃんへの気持ちは伝わってないヨォ〜🤣 2人とも瞬く星を満喫して英気を養って、ゆっくりでもいいので言葉と行動でお互いの気持ちを伝えてほしいな🥰💗

ちょっとじれったいよ💦朔也さん😭
美宇ちゃんは柔らかい感性と包容力が抜群だなぁॢ˘͈ ᵕ˘͈ ॢ 香織さんを忘れなくてもいいんだよ!って気持ちが優しい朔也さんには沁みるね💕 朔也さんは益々美宇ちゃんに惚れたんじゃない?( ˘͈ ᵕ ˘͈♡) 早く告白して欲しいけど、ゆっくりこの距離感を味わうのも良いなぁ💕💕