ふたご座流星群を見に行ってから、二人の関係はさらに自然になった。
その変化に陶芸教室の生徒たちも気づいていたが、誰も口にはしない。ただ、静かに見守ることにしたようだ。
札幌で開かれる個展の作品はほぼ完成し、朔也はひと息ついていた。
一方、美宇は人形作りに没頭しながらも、思うような色に焼き上がらず、かなり苦戦していた。
この日も終業後、焼き上がった人形を見つめては、重いため息をついた。
(どうして思うような色にならないの?)
その時、朔也がそばに来て言った。
「もっとピンクを濃くしたいんだよね? だったら、アルミナの分量をもう少し増やしてみるといいよ」
「え? あ、ありがとうございます。私の調合はアルミナが少なすぎたんですね」
「うん、もう少し入れれば、このブルーに負けない色になると思うよ」
「分かりました。次の焼成のときに試してみます」
「あとは、温度だな……。もう少し低めの温度で焼いてごらん」
「分かりました、やってみます」
美宇は打開策が見え、思わず嬉しくなる。
すると朔也は棚から一枚のチラシを取り出し、美宇の前に置いた。
「このコンテストに出してみたら?」
「えっ?」
美宇が目の前のチラシを見ると、そこには『女性陶芸家によるアートオブジェ展』と書かれていた。
「アートオブジェ展?」
「うん。オブジェだから、陶器の人形なんて、ぴったりだと思うよ」
「…………」
公募に出すことなど考えてもいなかった美宇は、驚いていた。
「でも、私の人形はまだ試作段階ですし……」
「そうかな? 僕には十分作り込まれた立派なオブジェに見えるし、あとは色だけだろう? 思うような色に仕上がったら、出してみたら?」
「…………」
戸惑っている美宇は言葉が出ない。
「まあ、締め切りまでまだ時間はあるから……いい作品ができたら出してみればいい」
「……はい」
そこで、朔也は話題を変えた。
「さて、今日はもう終わりにするかな。そういえば、年末は東京に帰るんだよね?」
「はい。28日から年明けの4日まで帰る予定です」
「そっか。久しぶりにご両親のところでゆっくりできるね」
「はい。青野さんは札幌のご実家に帰らないんですか?」
「うん、この前札幌に行ったときに少し寄ったから。年末年始はここでのんびり作陶してるよ」
「そうですか……」
美宇がそう答えると、朔也は片付けを始めた。
10分後、アパートへの道を歩きながら、美宇の心は沈んでいた。
(寒い真冬のこの地で、青野さんは一人きりでお正月を迎えるの?)
そう思うと、美宇の胸は切なさでいっぱいになる。
(昨日までは東京へ帰るのを楽しみにしていたのに……なんだろう? なぜこんなに心が重いの?)
胸の中に広がるもやもやに、美宇は戸惑っていた。
アパートに戻った美宇は、夕食をとりながら、朔也から渡されたコンテストのチラシをもう一度見た。
(せっかく青野さんが勧めてくれたし、出してみようかな……でも、落ちたら恥ずかしいな)
臆病な美宇は、これまでコンテストに応募したことが一度もない。
それでも、朔也に勧められると、不思議と挑戦してみたい気持ちが湧いてくる。
(よし! 思った色がちゃんと出せたら、応募してみよう!)
美宇はそう心に決めた。
翌週、美宇は朔也に教わった配合で釉薬を作り、人形を焼成した。
窯を開ける瞬間、心臓が高鳴る。これで五度目の挑戦だった。
これまで思うような色が出ず、何度もがっかりしてきた。
(えいっ!)
意を決して、美宇は重い扉を開け、中を覗き込む。
すると、一番手前に並べた三つの人形のうち、一つが見事な色に焼き上がっていた。
「わぁ……成功したかも!」
美宇は嬉しさのあまり声を上げる。
その声に気づいた朔也が、コーヒーを淹れる手を止めてガス窯のそばへ来た。
そして、中を覗き込む。
「お! いい感じに仕上がってるね」
「はいっ! 青野さんのアドバイス通りにやったら、完璧に仕上がりました!」
美宇はそう言って、まだ少し温かい天使の人形を慎重に取り出し、テーブルの上に置いた。
その人形は、どこから見ても完璧だった。
淡いブルーと薄ピンクのドレスを纏った天使は、空を見上げて手を合わせ、目を閉じて祈りを捧げている。
その表情はとても穏やかで、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
陶器とは思えないほど繊細な作りのその天使は、どこから見ても見事な出来栄えだった。
「素晴らしい! これは、陶芸の枠を超えた芸術品だね。絶対コンテストに出すべきだよ」
「……いろいろ考えましたが、ダメもとで挑戦してみようかと」
「うん、それがいい。これは七瀬さんの新境地になると思うから、絶対にチャレンジすべきだ」
「はい。コンテストの情報を教えていただいて感謝します」
「搬入は任せて! 僕がいつも使ってる運送サービスを手配するから」
「よろしくお願いします」
美宇は、望み通りの作品に仕上がった喜びと、新たな挑戦への興奮で胸が高鳴っていた。
コメント
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まさかコンテストを紹介してくれるなんて😊 せっかく作った作品だから是非挑戦したほうがいいね まわりの皆さんの方が2人の気持ちに気づいてますね😍
朔也さんの勧めで コンテストに挑戦、また美宇ちゃんの新しい道が開けた✨いい結果が出ますように👍 そして、2人の仲がもっと深まりますように😊

年末年始休み美宇ちゃん、キャンセルして朔也さんと二人で過ごしたら 二人の仲もぐ〜んと縮まるだろうな! 私の願望だけど‥‥笑笑