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放課後の相談室は、夕陽に染まっていた。窓から差し込むオレンジ色の光が、机の上を斜めに切り取っている。遥はいつもの席に腰を下ろし、古びたノートを開いた。そこに、そっと足音が近づく。
「……ここ、相談できるって聞いた」
声をかけてきたのは、小柄な女子生徒だった。視線は床を向いたまま。
「座っていい?」
「うん」
遥は短く答え、相手が椅子を引くのを待った。
彼女は膝の上で指を絡めながら、かすかに息を吐いた。
「居場所って……どうやって見つけるの?」
遥は少し眉を上げた。
「居場所?」
「うん。どこにいても、自分だけ浮いてる感じがする。
家も、教室も、友達の中も。
そこにいてもいい理由がないっていうか……
自分だけ音が外れてるみたいで」
言葉は細いが、切実だった。
遥は窓の外に目をやる。校庭の隅で、部活を終えた生徒たちが笑っている。
「俺も似てる」
「……え?」
「どこにいても、空気の外にいる感じ。
誰かが『ここにいていいよ』って言ってくれるわけじゃないし」
女子は驚いたように顔を上げる。
「でも……どうして平気そうなの?」
「平気じゃない」
遥は少し笑った。
「ただ、居場所って“与えられるもの”じゃないって気づいた。
誰かが作ってくれるんじゃなくて、自分が息してるだけで、
もうそこが居場所の一部になってる」
女子は眉を寄せる。
「自分が息してるだけで?」
「そう。
今日ここに来て、話してるその時間だって、
俺たちが作った場所だろ。
ルールも名前もないけど、
いまこの瞬間だけは俺とお前の場所になってる」
女子は唇を噛み、視線を窓へ移した。
「……それで、いいのかな」
「いい。
居場所って、形がないものだから。
誰かが認めてくれなくても、
“ここにいる”って自分が思えたら、それで十分だ」
教室に夕闇が落ちていく。
女子は小さく笑った。
「なんか……ちょっと楽になった」
「それでいい」
遥が答える。
「息して、話して。
それだけで、この教室はお前の居場所になってる」
彼女は立ち上がる前に、もう一度窓を見た。
校庭の端に、夜の気配がゆっくりと広がっていた。