「ほんとに…?」
祥子さんは小さな声で念を押した。
「ほんとに変わらないの?」
「はい」
わたしは泣きそうになりながらも、笑顔を作った。
「そう…。でも、お家の人がそう言ったんなら仕方ないわね…」
「あの…このことはフェスタが終わるまでみんなに黙っていただけませんか…?わたしからちゃんと言いますから…」
「わかったわ」
わたしの意志が変わらないのを察すると、祥子さんも割り切るように笑顔を向けてくれた。
「5周年記念も兼ねているし、今年のフェスタは大いに楽しみましょうね」
※
そして迎えた本日、5周年記念イベント。
今年はなんと、あの大イベント『ベイエリアサマーフェスタ』と重なっているとあって、みんな気合が入っている。
ベイエリアサマーフェスト。
文字通り、ベイエリア全体で行われる夏祭りのようなイベントで、ベイエリアの各店先でセールを行ったり限定商品を販売したりする。
数年前から始まったこのイベントは、毎年来場者数を更新する人気となっていて、今年からは浜辺でも特設ステージを組んでイベントを行うほか、各店の出店も出すことになっていた。
リヴァ―ジでもちょうど5周年記念が重なったこともあり、特別メニューをメインとした出店を出すことにしていた。
その際、みんなは浴衣をモチーフにした仮装で接客することになっていて、『ネコ耳カフェ』をコンセプトに、わたしは裾がミニになった黄色の浴衣に、黒のネコ耳。
美南ちゃんが同じデザインでピンクの浴衣に、白耳ネコだ。
そして、『店の方針はどこに向かってんの?』と批判する男の子たちにも、問答無用でネコ耳装着。
拓弥くんは、鳶色の浴衣&三毛ネコ。
そして晴友くんは、紺色の浴衣&黒トラネコ。
と言っても…ノリノリの拓弥くんに対して、不機嫌Maxの晴友くんは、もうネコって言うより黒ヒョウみたいだけど…。
けれども常連さんだけでなくフェスタ目的のお客さんからも大好評で、開始前からすでに行列。
調理担当の暁さんも、女の人に話しかけらながらクレープを作って作って作って…たまにお写真をパシャリ撮られ。
晴友くんも拓弥くんも同じように女の子に囲まれて、その間を縫うように颯爽と配膳し回っている姿は、なんだかダンスしているアイドルみたいだ…。
美南ちゃんは男の人にメモ紙(たまにスーツの人から名刺)を渡され、その裏にオーダーをメモ…。
わたしはと言えば、なぜだか老若男女さまざまなお客さまから話しかけられたり、写真を撮られたりして何が何やら…。
誰もかれもが大忙しで、文字通り砂浜を駆け回っていた。
ホントにもう…それこそネコの手も借りたいよ…。
なんて思ってたら、ほんとに現れたんだ。
ネコちゃんが。
「日菜ちゃん、クレープ溜まってるよ。アイスが溶けちゃうから早くお客さんに届けてね」
「は、はい!」
みんなとちがって配膳に慣れていないわたしは、お客様に届けるのが滞ってきていた。
人で一杯の席はお客さまを見失いがちだし、途中で話しかけられたりするからその対応に時間がとられてしまう。
「すみませーん、注文いいですかー」
ほら今だって!
配膳が先だけれど、長時間並んでやっと席についた6人連れのお客さま…機嫌悪そうだしオーダーきかないと…。
あー!どっちを優先したらいいの!?
「はーい、ご注文はなんですかぁ??」
とそこへ、急に背の高い女の子が来て注文を聞いてくれた。
6人が早口で言う注文を1回で覚えてメモにすると、
「はい、よろしくー」
わたしに差し出したその子は…
「カ、カンナさん…!?」
黒縁メガネにウィッグをかぶっているけれど、間違いなくカンナさんだ!
「ちょ…!大きな声出さないでっ!」
「どうして…?」と訊こうとしたところで、
「ほら、早く配膳してきなよ!ほんとあんたって見ててグズよね!」
追い立てられるまま配膳しに行くと、その間にもカンナさんはオーダーを取ってきてしまう。
それだけでなく、イライラしているお客さまもそつなく応対するし、配膳までしてしまう。
最終的に。
わたしは暁さんとカンナさんの間で商品を運ぶだけの係りになってしまっていた。
わたしが受け持っているスペースは暁さんの死角になっているし、晴友くんたちも忙しくてカンナさんの存在に気づけていない。
スムーズにお客さまを回すのが第一だから、くやしいけど、わたしも何も抵抗ができなかった。
それをいいことに、カンナさんはすっかりわたしの仕事を奪ってしまった。
テキパキ仕事をこなすカンナさんの顔は、勝ち誇るようにわたしを見下していた。
まるで『さっさと私の居場所から出て行って』と主張するかのごとく…。
さすがのわたしもオドオドしていられない。
少し客足がおさまった頃、精一杯口調を尖らせて言った。
「カンナさん…どうして来たんですか?祥子さんはダメって言ったのに…」
「はぁ?決まってるじゃない。晴友と一緒にいたいからよ」
「…」
あまりのストレートな返事に、わたしの方が言葉に詰まってしまった。
「あんたさ、晴友のこと、好きなんでしょ」
『想うだけ無駄だけど』とでも言いたげな口調でだった。
カンナさんと晴友くんのキスの場面が浮かんで、胸が痛んだ。
「…わたしは」
好きです。晴友くんのことが。
ずっと前から…って言っても、幼馴染のカンナさんにはかなわないかもしれないけれど…でも気持ちの大きさだけは、負けない…。
…ううん…。
負けない、つもりだった…。
まだ、気持ちの整理をつけられていなかった…。
けど、わたしは、もう…。
カンナさんの鋭いまなざしを前にして何も言えず…わたしは小動物のように縮こまってしまう…。
「おい、やっぱそうだよな」
「あーマジだ!やり、SNSの通りだ」
そこへ突然、男のお客さま数人が、カンナさんを指差し近づいてきた。
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