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左側に広がる棟の一階を歩きながら焔とリアンが入れそうな部屋を探していく。鍵のかかった部屋や通路の塞がっている場所といった具合に行き止まりが思いの外多く、進めるのはほぼ一本道に近かった。 行けども行けども廊下ばかりで、たまに部屋へ入れても病室くらいなものだ。一階なのに診察室やナースステーションが見当たらないのは、侵入出来ているルートの問題だろうか。
棚の上にちょっとしたアイテムが置いてあったり、所々に宝箱があったりしたが、開けてみても中身は『薬草』や『包帯』などといった物ばかりでどれもしょぼい。悲しい事に『既に誰かが一度開けていて、不用品だけを置いていきました』感がある。
(まさか、転職の為のクエストダンジョンまで部下達が制覇していたというのか?という事は、魔毒士の魔族もいるのか。統括する役目のはずなのに……全然知らんかったな)
今の主人である焔が宝箱の中身をたいして期待していなかった事は救いだが、有能過ぎる部下が多いというのは、やっぱり辛いものがあるな——と、お飾り魔王と化していたリアンは改めて思った。
「確か四種類の何かしらな物が必要、なんだよな?」
「はい。『セキュリティキー』が四つ、ですね」
聞き慣れない言葉はきちんと発音出来そうに無いからなのか、もう言う事すらも放棄しているっぽい焔が可愛くてしょうがない。ついつい顔が緩んだが、リアンはすぐに気を取り直した。
「建物は外観的に三階建てだったよな。だが、階段は下にも続いていたから、地下もあるって事か。これは、探す範囲が結構広そうだ」
「いいえ、こういった造りのクエストは、『何々を集めて先へ進め』といった類いのものが何度も発生するパターンばかりですから、今探す範囲は意外と狭いと思いますよ。今は敵らしい者の姿すら無いくらいですし、何よりもまだ一段階目ですからね」
企画の段階ではクエストの細部まではほとんど考えていなかったので、この世界のベースを思い描いていたリアン自身にも詳しくはわかっていない。何処に探しているアイテムがあるのか、どういった順路で進めばいいのか、焔と同じく手探りな状態だ。
本心としてはここで含蓄ある言葉の一つや二つ言ってより一層己の株を上げたい所なのだが、そう上手くは出来そうになかった。
「そうか。それならいいんだ、が——敵だ!リアン後ろっ!」と、警告を発すると同時に焔が先に戦線に出る。全く敵の気配が無かった事に慌てながらリアンも即座に反応し急いで振り返ったが、彼が怨霊の様な敵の姿を確認した時にはもう、『グォォォ——……』と叫び声をあげて消滅していた。
(焔の対処が早過ぎる!やはり『素早さ』を上げ過ぎたか!)
存在意義を示せず、スキルの割り振り方を再び後悔したが無駄な事だ。始まって一週間程度の彼らは当然まだ能力のリセットアイテムを持っていないので、このまま突き進むしかない。
「亡霊系はこっちでも気配が無いんだな。次からはもっと気を張っていないと、寝首をかかれかねないぞ」
「……すみません。今この範囲にはまだ敵は居ないものと、完全に油断していました」
「別に、リアンが謝る事は何も無い。たまたま俺が先に発見したから対応出来たというだけの話だからな。お前が先に見付けていたのなら、同じ様に対処していただろう?」
医者の格好をしたまましょげるリアンの頭を、看護師姿の焔が頑張って腕を伸ばしてそっと撫でる。
口元に笑みを浮かべながらだった為、目隠しをしていようが女装状態であろうが、リアンの目には天使にも等しい笑顔に映った。
「焔様……」
主人の名前を呼び、彼の肩に額を置いてちょっと甘えてみる。すると再び「よしよし」と言いながら頭を撫でてもらえ、今居る場所が薄暗い廃墟の一角である事をリアンはすっかり忘れそうになったのだった。
「じゃあ、そろそろ行くぞ。リアンは前方を意識しておいてくれ。俺は背後に意識を向けておくから」
「わかりました」
「何だったら狐の仮面で姿を消していてもいいな。あれがあれば、敵に不意打ちが出来るんじゃないか?」
リアンの腰にぶら下げたままにしてあった仮面を指差し焔が提案する。果たして亡霊系にも有効なのかはわからないが、院内を魔族が彷徨いていない保証も無いので、ここは素直に「そうしましょうか」と受け入れた。
次の部屋をそっと覗き、目視で確認した敵を数えて、「三体居ますね」とリアンが小声で呟く。
「あぁ、さっきと同じ種類のヤツが居るな。先程の手応え的にもレベルの高い相手じゃない。正面突破でも余裕でいける気がするんだが……それでは芸が無いか」
「そうですね、せっかくの共闘ですし。最奥の者を私が仕留めますから、焔様は手前のヤツをお願いします。中央に居るモノは対処が可能になった方が、という事で如何ですか?それとも、三体共私が倒しても構いませんけども」
「俺を運動不足で殺す気か?」
「わかりました。では一緒にいきましょう」
「あぁ」
頷き合い、それを合図にしてサッと無駄なく動き出す。リアンは仮面を顔に装備して姿を消し、部屋の一番奥へ音を立てない様に気を付けながら進んでいくが敵の側を通っても戦闘状態にはならない。どうやらこのアイテムは亡霊系が相手でも効果があるみたいだ。
(良かった。自立し始めた世界のアイテムじゃ、付与された効果の範囲に確信が持てなかったからな)
ほっと安堵しつつリアンが位置につき、魔力の出力を高めて戦闘態勢に入る。焔も彼に合わせる様にして素早く動き、敵が二人の存在に気が付くよりも先に難無く一体目の亡霊を一撃で仕留めた。拳で殴ったというよりは、一瞬だけ鋭く伸ばした爪で華麗に切り裂いたといった感じだ。
負けじとリアンもスピードを上げ、最奥に居た亡霊の顔面に、掌の一点に凝縮した風の魔法を叩き込んで瞬時に飛散させる。その流れのまま中央に配置されていた亡霊へと二人が同時に攻撃を仕掛けると、挟み撃ちにあった敵がムンクの叫びにも似た顔をしながら無に帰っていった。だが、我先に仕留めてみせると勢いづいてしまったせいで、敵は全て倒したというのに二人の動きが止まらない。
『——しまった!』とは思うが、体がそのまま動いてしまう。
リアンの使った風の魔法は掌だけでは収まらずに腕を覆い、このままでは全身をも包みそうだ。加減出来ぬまま雷の魔法までが混じり合い、二種類の力が複合されてより一層攻撃力を上げていく。
焔も焔で両の手に力が入り、爪の強度が増していく。普段は愛らしい程度で生えている八重歯が猛獣の牙かの如くまで存在感を増し、綺麗に整えられた髪はいつもと違って少し逆立っている。口元にはニタリとした笑みを浮かべており、普段の淡々とした様子が微塵も存在しない。目隠しに隠されている目元がうっすらと赤く光りを帯び、まるで川を流れる灯籠の様に感じられる。
豹変した焔の姿を前にして、リアンの体が過去類をみない程にゾクッと歓喜に打ち震えた。
(なんて美しいんだ)
このまま体を引き裂かれ、血を啜り、この身を全て犯すようにその牙で貪り尽くして欲しい衝動が胸の奥底から湧き上がる。だがそれと同時に、彼に対して自分が同じ様にもしてしまいたい気持ちが混在し、そのおかげで一直線に向かって来る肉食獣にも似た焔の爪を魔法で受け流す事に成功した。
即座に体を反転させ、一度床へ着地したのち、再び互いを仕留めようと攻撃を繰り出す。当初の目的を二人共が完全に見失い、本能のままに打ち合う姿は本気の『殺し合い』だ。
少しの油断が生死を分ける。言葉を交わす事もせず、静止させようという働き掛けをする気がどちらにも無い。瞬きをしただけで瞬時に負ける、薄氷の上を歩く様な時間が永遠に続きそうな錯覚を二人が感じ始めた、その時——
『あるじざぁん!リアンざんっ!やばばばばばばばっ!へ、変な人が、クエストに参加してきたっすよぉぉ!こ、こっち来ちゃ——……マジ来な……何か、アレ普通じゃ——……』
……ブツンッと音を立てて、通信が切れる。 五朗の、気の抜ける声が二人の耳に届き、そのおかげで焔達が我に返った。
「……これは、救援なの、か?」
頭、牙、爪とがスッと元通りの状態になり、目隠し越しに光っていた目元も色を失う。ちょっと艶のある看護師姿に戻った焔は、さっさと手早く気持ちを切り替えるべく、自分の頰を思いっきり両の手で叩いた。
応戦体勢を解除し、リアンも魔法を使うのを即座に止めた。高揚した気持ちがなかなか鎮る気配は無かったが、焔に傷をつける事にならずに済んだ事でほっと胸を撫で下ろした。
「どちらでしょう。『来るな』と言っている様にも聞こえますが。切迫した状態にある事だけは確かですよね」
「……行こう。焦って救援を上手く求められなかったのかもしれんからな」
何事も無かったかの様に焔が廊下へと向かって歩き出す。そんな彼に向かい、リアンはちょっと迷いの混じった声で、「あ、あの……焔様」と後ろから呼び止めた。
「何だ?」
リアンに応え、立ち止まって軽く振り返る。
「先程のは、その……」
「あぁ……すまん。久しぶりの戦闘だったせいか、衝動的にお前を殺さなければいけない気がしてきて……。だがもう大丈夫だ、もう二度とああいった真似はしない」
俯き、反省しながらそう言われ、『もっとやっていたかった』と思ってしまっていた事をリアンは伝えることが出来なくなってしまった。
(だが、あのまま続けれいれば魔力不足になって、死んでいたのは確実に俺だったな)
そうなってしまうと、焔は『魔王を仕留めた者』として元の世界へ戻ってしまう。なので、性的衝動にも近い程の興奮を当分の間は味わえないのだと思うと心残りしかなかったが、『これで良かったのだ』とリアンは自分に強く言い聞かせた。
「いいえ。互いに無傷で済んだのですし、何も問題はありません」
笑顔でそう答えたつもりだったが、その表情には残念な気持ちが少し混じってしまった。焔の抱いた『殺さねばならない衝動』の正体も気になったが、訊いてもいいものなのか判断に迷う。
「そうか。じゃあ急ごう、ソフィアの身が心配だ」
「五朗はいいのですか?」と言い、リアンがクスクスと笑う。
「アイツは刺してもそう簡単には死なんだろ。闇属性側なのに魔族だって味方とは言えず、かといって人間も味方とは言い難い、『山賊』という不利な職業なのに単身で三年も生きてきたんだろう?なら、この面子の中では一番窮地に慣れていそうだしな」
「それもそうですね」と答えながら、リアンが倒した三体の敵の居た場所にある残滓の様な光の中から討伐報酬を回収していく。その中の一つに彼らが探していたカードキーが一枚あった。
「おや、これで一枚目をゲットですね」
「敵が持っている場合もあるのか」
「その時々です。棚の上にポンッと置いてある場合もあるし壁の亀裂の中に入っていたりする事だってあるので、片っ端から探さないといけません」
「そうか……まぁ時間はあるんだ、まずは救援。その後でまた手分けしながらコツコツやるか」
「はい」
回収したアイテムを大事にしまい、二人はソフィアと五朗の居るであろう方向へ急いで向かう。先程の戦闘の余韻がなかなか冷めず、少しの風が肌を撫でるだけでも焔に喰らい付きたくなってしまう程の衝動を、リアンは体の奥で燻らせ続けた。