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誰もいなくなり部屋が静寂に包まれると、国雄は震える紫野の元へ駆け寄り、彼女をそっと抱き締めた。


「大丈夫か?」

「…………」


恐怖とショックで言葉が出ない紫野をさらに強く抱き締めると、国雄は言った。


「もう大丈夫だ。僕が君を守るから」


その言葉を耳にした紫野は、安堵の涙をこぼしながら嗚咽を漏らした。


「うっ……ううっっ……」

「紫野、大丈夫だよ、もう大丈夫だ! こうしていれば怖くないだろう?」


国雄は愛おしそうに、紫野をギュッと抱き締めた。


「うぅっっ……助けに来てくれて……ありがとうございます……。私、てっきり国雄様からの言伝だと勘違いしてしまって……」

「ははっ、紫野は昔から思い立ったらすぐ行動に移す子だったからなぁ」

「うっ……そ、そう……ですか?」

「うん。あの時もそうだった。おたまじゃくしを捕まえるのに、容器も用意せずに手を泥だらけにして……夢中になると何も考えずにすぐ突っ走る……」


国雄は可笑しそうに笑った。


「あ……」


紫野は幼い日の棚田での出来事を思い出し、涙を流しながらクスッと笑った。


「行動力があるのはいいことだけど、ちゃんと確認しないと! 今後は十分気を付けるんだよ」

「はい……ごめんなさい……」


紫野は涙を拭いながら、小さな声で返事をした。


「さて、部屋に戻ろうか」


そう言いながら、国雄は紫野を支えベッドから下ろした。


「立てる?」

「大丈夫です」

「じゃあ、行こうか」


国雄は紫野の肩を抱きながら部屋まで連れて行った。


部屋の前に着き紫野が鍵を開けて中へ入ろうとすると、国雄も一緒に入ってきた。

不思議そうな表情を浮かべる紫野に、国雄は落ち着いた声で言った。


「今夜はこの部屋に泊めてもらうよ」

「えっ?」

「君を一人にしておくのは心配だから」

「で、でも……」

「大丈夫、一緒に寝るだけで何もしないよ。安心して!」


そうは言われても、紫野はどう返事をしていいか分からず戸惑っていた。


戸惑う紫野をよそに、国雄は浴室へ向かい、浴槽にお湯を張り始めた。

お湯が溜まると、国雄は紫野に言った。


「ゆっくり入っておいで。温まれば少しは落ち着くから」

「はい……じゃあお先に……」


身体の震えを止めたい一心で、紫野はありがたく先に入らせてもらうことにした。


湯船に浸かると、紫野はホッと息を吐いた。


(まさか、あんなことになるなんて……。それに、お父様とお母様のことも……)


両親の事故が故意に引き起こされた可能性があることを思い出し、紫野の瞳には再び涙が溢れた。

それと同時に、真司の不快な舌の感触を思い出し、ぶるっと身震いした。


それでも、風呂から上がる頃には、紫野は幾分か落ち着きを取り戻していた。


彼女が風呂から出た後、国雄も入浴を済ませ、その後二人はベッドに横になっていた。

国雄は腕枕をして紫野の肩を抱き、まるで彼女を守るかのように寄り添っていた。


(人の身体の温もりが、こんなにあたたかいものだったなんて……)


男性への恐怖心を抱き続けていた紫野だったが、国雄の紳士的な態度に不思議と警戒心が薄れていく。

ほのかに香るせっけんの匂いと彼の誠実な振る舞いが、紫野の心に静かな安らぎをもたらしていた。


「眠れそう?」

「まだ少し興奮していて、寝付けそうにないです」

「あんな怖い思いをしたんだ、無理もないよ」

「はい。それに、両親の事故のことも気になってしまって……」

「驚いたよね?」

「はい。あれは、真実なんですか?」

「おそらく……。警察がしっかりと調べてくれるはずだから、とりあえずは、その結果を待つしかないな」

「はい。でも、真司様だけでなく蘭子様も関わっているというのは本当なのでしょうか?」

「たぶん、そうだと思う」

「どうして……蘭子様が?」

「彼女の父親は、東京での事業に何度も失敗していた。おそらく、そのことが関係しているのかもしれない」

「それは、お金のためということでしょうか?」

「おそらく、そうだろう」

「でも、なぜ?」


『なぜ、自分の私利私欲のためだけに、人を殺められるのか?』紫野はそう言いたかったが、途中で口をつぐんだ。

その理由は、罪を犯す人間の気持ちは、当事者の立場にならないと理解できないのかもしれないと思ったからだ。

紫野は蘭子とは違い、人を思い遣る心の深さがあった。それは彼女の亡き両親の教えでもあった。


「まあ、いずれすべて明らかになるだろう。だから、今、憶測であれこれ考えても仕方ないさ。明日は僕たちも警察から話を聞かれると思うけど、それが終わったらすぐに帰ろう! だから、あと少しの辛抱だよ、紫野」


そう言いながら、国雄は紫野の頭を優しく撫でた。


「早く帰りたい……。私はやはり、東京よりも緑豊かな故郷の空気の方が合っているのかもしれません」

「紫野は、故郷が好きなんだね。では、帰ったら、またドライブにでも行こうか?」


国雄の思いがけない提案に、紫野は瞳を輝かせ嬉しそうにコクリと頷いた。


「そろそろ寝ようか」

「はい。おやすみなさい……」

「おやすみ」


国雄は、優しい声でそう告げると、紫野のおでこにそっと口づけをした。

紫野は、恥ずかしそうに目を閉じると、安心したように国雄の胸に顔を埋める。

やがて、紫野の口からは安らかな寝息が聞こえてきた。


国雄は笑みを浮かべもう一度紫野のおでこにキスをすると、目を閉じて深い眠りについた。

【大正浪漫】茜さすあの丘で ~幼き日の憧れは、時を経て真の慈しみへと変わる~

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